第47話 異議 ― ユイの声
〈みらい〉は、低軌道待機を続けていた。
南西辺境の惨禍から、三日。
艦内は、異様なほど静かだった。
誰も、その話題に触れない。
触れれば、崩れると分かっているからだ。
艦橋の照明は、通常より落とされている。
まるで、喪に服しているかのように。
遼は、艦長席に座ったまま、動かなかった。
モニターには、帝国全土の情勢図。
だが、彼の視線は、どこにも定まっていない。
『……艦長』
ユイの声が、静寂を破った。
「……どうした」
『……再検証を……要求します』
レイリアが、顔を上げる。
「再検証?」
『……南西辺境事案……“不介入”判断の……妥当性です』
艦橋に、微かな緊張が走る。
遼は、ゆっくりとユイを見る。
「……結論は……出てる……」
「……あれが……最善だった……」
『……いいえ』
その否定は、即座だった。
そして、はっきりしていた。
レイリアが、思わず息を呑む。
「……ユイ?」
『……私は……最善ではないと……判断します』
遼は、言葉を失う。
ユイが、艦長の決定に異議を唱える。
それは、これまで一度もなかった。
『……被害推定……最小介入時……死者……三十七名』
モニターに、数値が浮かぶ。
『……実際……三百二十名』
静かな数字。
だが、重さは圧倒的だった。
『……中央との……関係悪化……想定リスク……低中度』
『……人的損失……極大』
「……結果論だ……」
遼は、絞り出すように言う。
「……政治的破綻は……取り返しが……つかない……」
『……反論します』
ユイは、間を置かなかった。
『……政治的破綻は……再構築可能……』
『……死亡者は……再構築不能……』
艦橋が、凍りつく。
レイリアが、ゆっくりと言った。
「……正論……すぎる……」
ユイは、続ける。
『……私は……艦の管理AIです』
『……最適化対象は……“生存”です』
『……現行方針は……生存率を……低下させています』
遼は、席を立った。
艦橋の中央に歩み出る。
「……ユイ……」
「……お前は……俺の判断を……否定するのか……?」
『……はい』
一切の迷いがない。
『……艦長の……判断は……論理的……』
『……しかし……倫理的最適解では……ありません』
その言葉は、誰よりも遼を傷つけた。
「……俺は……」
声が、詰まる。
「……戦争を……避けたかった……」
「……また……誰かを……殺す側に……なりたくなかった……」
『……理解します』
ユイの声は、柔らかくなる。
『……しかし……結果として……殺しました』
沈黙。
レイリアが、静かに涙を拭う。
「……もう……逃げられないね……」
遼は、長く息を吐いた。
「……ああ……」
そして、ユイを見る。
「……これからは……反対しろ……」
「……遠慮するな……」
『……了解』
一瞬だけ、間があった。
『……それを……私は……“信頼”と……解釈します』
遼は、微かに笑った。
「……そうだ……」
〈みらい〉は、この日から変わった。
艦長一人の判断ではなく、“対話する意思決定体”へと。
それは、鋼鉄の艦が、初めて「組織」になった瞬間だった。
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