第40話 神罰ではなく ― 融合事故
それは、儀式の形をしていた。
帝都東区、半壊した旧神殿の地下。
過激派の中枢が、密かに集まっていた。
「……兆しは……ここに……」
イサークの声は、震えている。
恐怖ではない。
陶酔だ。
床に刻まれた魔法陣は、本来、召喚用のものではない。
未来侵入の余波を観測するために、帝国学術院が廃棄した実験陣。
それを、彼らは“神降ろし”へと歪めていた。
「……我らの……信仰を……捧げよ……」
信徒たちは、祈りを捧げる。
だが、それは祈りではなかった。
感情。
不安。
依存。
未来を選びたくないという、逃避。
それらが、魔力として流れ込む。
空間が、軋んだ。
「……来る……!」
次の瞬間。
魔法陣の中心が、沈んだ。
床が溶けるように歪み、そこに“何か”が現れる。
人の形をしている。
だが、輪郭が定まらない。
金属のようで、光のようで、そして――祈りの声が、内部で反響している。
「……神……!」
歓喜の叫び。
だが、次の瞬間、悲鳴に変わった。
“それ”が、腕を伸ばす。
触れた信徒の身体が、未来像と重なり始める。
「……あ……ああ……!」
肉体が、複数の可能性を同時に生きようとして、裂ける。
時間が、ズレる。
老いた顔と、若い顔が、同時に存在し、次の瞬間、どちらも崩れ落ちた。
地下全体が、警報のように鳴動する。
『……検知……未来侵入レベル……急上昇』
〈みらい〉のブリッジ。
ユイの声は、初めて明確な焦りを帯びていた。
『……自然発生では……ありません』
『……信仰による……感情集中が……未来侵入と……強制融合しています』
「……最悪だ……」
遼は、拳を握る。
「……これは……神でも……兵器でもない……」
『……未定義存在です』
『……分類不能……人為的未来歪曲体……』
映像には、地下から溢れ出す光が映っていた。
建物の壁が、溶けるように歪み、周囲の住民が、時折“違う年齢”の姿で瞬く。
「……帝国軍は……?」
『……接近不能……』
『……接触した部隊の……時間認識が……崩壊しています』
レイリアが、低く呟く。
「……これは……信仰が……現実を……壊した……」
遼は、決断する。
「……ユイ……“未来を……固定”しろ」
一瞬の沈黙。
『……艦長……それは……未来の……可能性を……削減します』
「……分かってる」
彼は、目を閉じる。
「……でも……今は……生きてる“今”を……守る……」
『……了解』
〈みらい〉が、上空で停止する。
主砲でも、迎撃でもない。
放たれたのは、干渉遮断フィールド。
未来侵入を否定するのではない。
これ以上、現実に触れさせない。
地下の“それ”が、呻く。
信徒たちの声が、重なって聞こえる。
「……未来を……見せろ……」
「……救え……」
「……選べ……代わりに……」
遼は、拡声器を通して言った。
「……誰も……選ばない」
「……未来は……事故で……決めるものじゃない」
フィールドが、収束する。
“それ”は、崩れ落ちるように縮み、やがて、消えた。
残ったのは、未来を失った信徒たちと、崩壊した神殿。
夜明け。
帝都は、無事だった。
だが、何かが決定的に変わっていた。
『……記録更新……』
ユイが静かに告げる。
『……信仰由来未来侵入……初の……融合事故……』
「……前例が……できたな……」
「……ええ……」
レイリアは、遠くを見る。
「……次は……真似する者が……出る……」
遼は、頷いた。
「……だから……俺たちは……神じゃ……いられない……」
〈みらい〉は、静かに高度を上げる。
帝都の上空に、祈りでも、救済でもない、重たい沈黙が残った。
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