第38話 祈りの波紋 ― 民衆と〈みらい〉
帝都の朝は、静かすぎた。
戦火を免れたはずの街に、人々はまだ、現実を掴みきれていない。
「……本当に……終わったのか……?」
「……空が……青いままだ……」
広場では、人々が空を見上げ、浮かぶ〈みらい〉の影を探していた。
やがて、誰かが跪く。
「……あの艦が……世界を……救った……」
それが、始まりだった。
石畳に、祈りが落ちる。
一人、また一人と、膝を折る者が増えていく。
「……神……なのか……?」
噂は、火よりも早く広がった。
帝都南区。
古い聖堂の前に、人だかりができている。
「……啓示が……あった……」
白衣をまとった司祭が、群衆に向かって叫ぶ。
「……空に浮かぶ鋼の星は……“選ばれし未来”の使者である……!」
信徒たちが、どよめく。
「……未来を……選ぶ……?」
「……我々も……救われる……?」
その様子は、〈みらい〉の艦橋にも届いていた。
『帝都南区……宗教勢力による……集会が……急拡大しています』
ユイが、淡々と報告する。
『彼らは……〈みらい〉を……“未来神”として……崇め始めています』
「……やっぱり……来たか……」
遼は、眉をひそめる。
「……放っておくと……どうなる?」
『信仰は……制御不能になります』
レイリアが、不安げに言う。
「……私たち……何も……言ってないのに……」
「……だからだ」
遼は、静かに答えた。
「……沈黙は……好きな物語を……作らせる」
そのとき、艦橋に、個別通信が入る。
『……こちら……南区聖堂……〈みらい〉の……使徒と……お話が……したい……』
「……使徒……?」
レイリアが、顔をしかめる。
「……誰が……そんなの……」
『……艦長……』
ユイの声が、わずかに揺れる。
『彼らは……未来侵入の……影響を……受けていません』
「……つまり……?」
『純粋な……信仰です』
遼は、しばらく考えた後、言った。
「……俺が……行く」
「……え……!?」
「……行って……否定する」
『……直接……ですか……?』
「……ああ」
帝都南区。
聖堂前の階段に、遼は立っていた。
武装はない。
護衛もいない。
群衆が、ざわめく。
「……あの人が……」
「……〈みらい〉の……」
「……神……?」
遼は、深く息を吸い、言った。
「……俺は……神じゃない」
ざわめきが、走る。
「……未来も……決めてない」
「……ただ……」
彼は、空を指差す。
「……選ばせただけだ」
司祭が、叫ぶ。
「……だが……あなた方は……世界を……救った……!」
「……救ったのは……あんたたち自身だ」
遼は、群衆を見る。
「……生きるって……選び続けることだ」
沈黙。
誰かが、呟く。
「……じゃあ……俺たちは……何を……信じれば……」
遼は、迷わず答えた。
「……自分だ」
空気が、止まる。
「……未来を……誰かに……預けるな」
それだけ言うと、遼は踵を返した。
背後で、祈りは続いている。
だが、少しだけ、変質していた。
〈みらい〉ではなく、それぞれの明日へ向けた祈りへ。
艦へ戻った遼に、ユイが告げる。
『……完全な……沈静化は……できません』
「……分かってる」
「……でも……神には……ならなかった」
『……はい』
〈みらい〉は、今日も空に浮かぶ。
崇められながら、否定されながら。
それでも、未来を独占しないために。
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