第37話 王都晩餐 ― 微笑の裏で選ばれるもの
王都アル=レグナ中央宮殿。
白亜の回廊には、柔らかな灯りと香の匂いが満ちていた。
戦時下とは思えぬほど静かで、整えられすぎている。
「……正直……戦場より……疲れそう……」
レイリアが、ドレスの裾を気にしながら小声で言う。
「……剣も砲も……使えないからな」
遼は、正装の襟元を整えた。
〈みらい〉艦長としてではなく、“招かれた異邦人”として、この場に立っている。
『艦長……』
ユイの声が、耳元の通信に囁く。
『この場には……政治的意図が……高密度で……存在します』
「……分かってる」
「……でも……逃げ場は……ない」
大広間の扉が開く。
そこには、円卓形式に並べられた長い食卓と、帝国の要人たちが、既に着席していた。
中央奥、玉座の前に立つのは――若き皇帝、エルディアス三世。
「〈みらい〉艦長、橘遼殿。そして……同行者の方」
穏やかな笑み。
だが、その瞳は、鋭く光っている。
「帝国を代表し……今宵の席を、歓迎いたします」
「……光栄です」
遼は、最小限の礼で応じた。
着席と同時に、料理が次々と運ばれてくる。
だが、誰も手をつけない。
「……単刀直入に……聞きましょう」
皇帝が、杯を傾けながら言った。
「〈みらい〉は……この世界に……どこまで関わるおつもりですか?」
空気が、わずかに張り詰める。
「……必要なところまで」
遼は、即答した。
「……必要……とは……?」
「……未来が……奪われそうな……場所です」
貴族の一人が、口を挟む。
「……それは……帝国の内政にも……介入する……という意味ですか?」
「……結果的には……そうなるかもしれない」
ざわめき。
皇帝は、それを制するように手を上げた。
「……ならば……一つ、仮定の話をしましょう」
彼は、静かに言葉を選ぶ。
「もし……帝国の選択が……“誤った未来”へ向かっていると……あなたが判断した場合……」
遼の視線が、皇帝を捉える。
「……あなたは……この国を……止めますか?」
沈黙。
レイリアが、遼を見つめる。
ユイの存在が、背後で静かに脈打つ。
「……止める」
遼は、はっきりと答えた。
「……滅びに向かうなら……」
貴族たちの表情が、一斉に硬くなる。
「……それは……反逆だ」
「……未来への……抵抗だ」
遼は、杯に手を伸ばさず、続けた。
「……俺たちは……帝国の支配者じゃない……」
「……だが……」
「……未来を……見捨てないだけだ」
皇帝は、しばらく遼を見つめていた。
やがて、ふっと笑う。
「……なるほど……」
彼は、杯を掲げた。
「……では……我々も……一つ……条件を……」
「……聞きましょう」
「帝国は……〈みらい〉を……利用しない」
一瞬、場が静まる。
「……代わりに……」
皇帝の声が、少し低くなる。
「……あなた方も……帝国を……見捨てないでほしい」
その言葉は、命令でも、取引でもない。
願いだった。
遼は、ゆっくりと頷いた。
「……約束は……できない」
「……正直ですね」
「……だが……」
遼は、皇帝の目を見た。
「……帝国が……未来を……選ぼうとする限り……俺たちは……離れない」
皇帝は、深く息を吐き、杯を傾けた。
「……なら……今宵は……それで十分だ」
料理に、ようやく手が伸びる。
だが、誰も気を許してはいない。
この晩餐は、和解ではない。
共に綱を渡ると決めただけだ。
夜が更け、宴が終わる頃。
レイリアが、小さく囁いた。
「……ねえ……遼……」
「……ん?」
「……この世界……私たち……守れるかな……」
遼は、宮殿の窓から夜空を見上げる。
そこには、〈みらい〉の影が、静かに浮かんでいた。
「……守るんじゃない」
「……?」
「……選ばせ続けるんだ」
未来は、まだ、誰のものでもないのだから。
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