第36話 鋼鉄の沈黙 ― 軍部査察という名の試練
帝国軍の査察艦が、〈みらい〉の左舷に並走した。
距離、五百。
武装は解除されているが、砲門はいつでも開ける位置にある。
「……随分と……近いな」
レイリアが小さく呟く。
『帝国軍技術局による……正式査察艦です』
ユイが答える。
『指揮官は……ヴァルグ准将。強硬派の中でも……特に……〈みらい〉の軍事転用を主張しています』
「……分かりやすいな」
遼は、静かに背筋を伸ばした。
「……入艦を許可する。だが……条件は……事前に伝えた通りだ」
『了解』
ドックが開き、帝国軍の士官たちが、緊張した面持ちで足を踏み入れる。
鋼鉄の床。
異様なまでに整然とした通路。
だが、どこにも“武器庫”らしきものは見えない。
「……これが……〈みらい〉……」
ヴァルグ准将は、四十代半ば。
鋭い眼差しで、艦内を見渡している。
「……噂より……ずいぶん……静かだな」
「……武器は……吠えない」
遼は、淡々と答えた。
「……使う時以外は」
准将の口角が、わずかに上がる。
「……なるほど……」
「……では……査察を開始する」
技術士官たちが、機材を展開する。
「……まずは……主砲……」
『……そこまでです』
ユイの声が、艦内に響いた。
『主砲区画は……非公開です』
「……理由は……?」
「……世界を……壊すからだ」
遼は、即答した。
「……理解できないなら……見ないほうがいい」
ヴァルグ准将は、一瞬、視線を細めた。
「……その判断を……誰が……?」
「……俺だ」
艦内の空気が、張り詰める。
「……貴官は……帝国軍人ではない」
「……だからこそ……帝国の命令では……動かない」
沈黙。
やがて、准将は、低く笑った。
「……面白い……」
「……だが……我々は……敵意を確認しに来た……だけだ」
「……なら……見せてやる」
遼は、歩き出す。
案内されたのは、艦中央部の、開けた空間。
そこには、巨大な制御核も、砲身もない。
ただ、光の粒子が、ゆっくりと流れている。
「……これは……?」
『未来潮流残留層です』
ユイが説明する。
『星海から……帰還した際に……艦内に……残ったものです』
「……未来……?」
技術士官の一人が、呆然と呟く。
光の中に、一瞬、映像が浮かぶ。
帝都が燃える光景。
兵士が倒れ、
子供が泣く。
「……これは……」
『……起こり得た……現実です』
ヴァルグ准将は、息を詰めた。
「……我々の……敗北……?」
「……そうだ」
遼は、目を逸らさなかった。
「……俺たちは……この未来を……撃った」
「……それを……兵器と……言わずに……何と言う……」
「……選択だ」
遼は、静かに言う。
「……守るための……選択だ」
准将は、拳を握りしめる。
「……もし……帝国が……再び……負ける未来を……選びそうになったら……?」
「……止める」
「……帝国を……?」
「……未来を……だ」
その答えに、准将は、しばらく黙った。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……理解した」
彼は、踵を返す。
「……〈みらい〉は……兵器ではない……」
その声は、苦い。
「……兵器より……厄介だ」
査察団は、艦を後にする。
ドックが閉じた後、レイリアが、深く息を吐いた。
「……怖かった……」
「……俺もだ」
『……艦長』
ユイの声が、少しだけ柔らかくなった。
『彼らは……完全には……納得していません』
「……だろうな」
「……でも……」
遼は、静かに続ける。
「……分かったはずだ……俺たちは……貸さない……ってな」
〈みらい〉は、再び沈黙に包まれる。
だがその沈黙は、世界に刃を向けないという、強い意思だった。
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