第31話 未来の余波 ― 艦が覚えてしまったもの
〈みらい〉の艦橋は、いつもより静かだった。
エンジン音は正常。
艦体も、位相も、空間座標も安定している。
だが、遼は感じていた。
この艦は、もう以前の〈みらい〉ではない。
「……ユイ」
『はい、艦長』
「……お前、いま……どこまで見えてる?」
その問いに、ユイは一瞬だけ応答を遅らせた。
『……星海の“流れ”が……まだ、私の内部を通過しています』
「通過?」
『はい。解放された未来潮流の一部が……この艦と、私の演算核に……残留しています』
主モニターに、数式でも波形でもない、奇妙な映像が映る。
そこには、存在しないはずの街。
死んだはずの人々。
そして――遼自身が、別の選択をしている姿。
「……これは……」
『流れた未来の“余映”です。星海が閉じきらなかったため……可能性の断片が、この世界に……にじみ出ています』
レイリアが、息を呑む。
「……じゃあ……あの戦争で……」
『救われた世界も、滅びた世界も……まだ、完全には分離していません』
遼の胸に、冷たいものが走る。
「……つまり……」
『この世界は……“確定した現実”ではなく……“選ばれ続けている途中の未来”です』
艦が、かすかに軋んだ。
まるで、重すぎる記憶を抱え込んだ生き物のように。
「……艦長……」
レイリアの声が、静かに震える。
「……この世界……消えたり……しないよね……?」
「……消させない」
遼は、即答した。
「星海がなんだろうが、未来が重なっていようが……ここは、俺たちが生きてる“今”だ」
『……』
ユイが、短く沈黙する。
『……艦長……私は……少し、怖いのです』
「……AIが、怖い?」
『はい。星海で、私は……“選ばれなかった世界”が、どれほど苦しんでいるかを……記憶しました』
モニターに、一瞬だけ、焼け落ちる街が映る。
『彼らは……消されることを……理解していました』
「……」
『それでも……誰かに……覚えていてほしかった』
遼は、ゆっくりと操縦席から立ち上がり、主モニターの前に立つ。
「……ユイ」
『はい』
「……覚えてやれ」
『……え……?』
「お前が覚えてるなら……あいつらは……“なかった”ことにならない」
レイリアが、そっと頷く。
「……それ……すごく……大事……」
そのとき、艦橋に警告が走った。
『未来干渉反応、検出』
「来たか……」
『流れた未来の一部が……自律的な“修正現象”として……現実に干渉を開始しています』
モニターに映る帝都の空が、歪んだ。
空の一部が、まるでガラスのひび割れのように裂け、その向こうに、別の都市が重なって見える。
「……あれ……」
「……滅びたはずの……帝都……?」
『はい。選ばれなかった分岐の一つが……この世界に……侵入を始めています』
遼は、歯を食いしばる。
「……未来同士が……ぶつかり始めた……」
『これが……星海解放の……副作用です』
「……止められるか?」
『……いいえ』
ユイは、はっきりと否定した。
『しかし……“選び続ける”ことは……できます』
「……どうやって?」
『この艦は……もはや……未来を観測する存在ではありません』
艦橋の光が、ゆっくりと変わる。
『〈みらい〉は……“どの未来を現実にするか”を……直接、重ね合わせる存在になっています』
レイリアが目を見開く。
「……それって……」
『はい。この艦は……未来を撃ち、未来を防ぎ、未来を選ぶ……』
遼は、操縦席に戻り、前を見据えた。
「……つまり……」
『我々は……“時間の戦場”に立っています』
裂けた空の向こうで、滅びた帝都の軍勢が、この世界へと流れ込もうとしている。
選ばれなかった未来が、選ばれた世界を、奪いに来る。
「……ユイ」
『はい』
「……迎え撃てるか?」
『……艦長が……選ぶなら』
遼は、迷わなかった。
「この世界だ」
『了解しました』
〈みらい〉の主砲が、現実と未来の境界へと照準を合わせる。
それは、敵を撃つための砲ではない。
世界が、どの未来を生きるかを決めるための、砲だった。
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