第30話 帝国の空に残った未来
その日、帝都アル=レグナの空は、不自然なほど澄み切っていた。
雲が裂け、そこから差し込む光が、まるで世界を洗い流すかのように街を照らしている。
「……妙だな」
帝国合同防衛司令部、最高会議室。
老将ファルディア元帥は、窓の外を見つめていた。
「昨日まで、空は血の色だった」
「……時間嵐が、消えています」
参謀の一人が、震える声で報告する。
「揺らぎ核由来の位相乱流が……完全に……」
その瞬間、部屋の中央に投影されていた戦況図が書き換わった。
崩壊寸前だった防衛線が、存在していなかったはずの補給拠点とともに、再構築されている。
「……我々は……敗北していたはずだ」
ファルディアは、誰にともなく呟く。
彼の記憶の奥底には、帝都が燃え、難民が溢れ、それでもどうにもならなかった“敗戦の感触”が残っていた。
だが、現実の帝都は――生きている。
「……陛下……」
若い参謀が、恐る恐る言った。
「我々は……世界が……上書きされたのでは……?」
「違う」
ファルディアは、ゆっくりと首を振る。
「……上書きされたのは……我々の“敗北”だ」
そのとき、警報が鳴る。
『未識別の巨大艦が、帝都上空に出現――』
モニターに映ったのは、もはや誰もが知る鋼鉄の巨影。
「……〈みらい〉……」
ファルディアの喉が、かすかに鳴った。
彼は、かつて一度だけ、この艦と“敗北の未来”で会っている。
その未来では、〈みらい〉は帝国を守れなかった。
「……だが……この世界では……」
『こちら、〈みらい〉。帰還した』
通信が入る。
『……我々の世界は……続いている……それは……あなた方の……?』
元帥は、目を閉じた。
「……いや……」
そして、静かに答える。
「それは……この世界が……生きることを選んだからだ」
窓の外で、都市が動いている。
人々が歩き、子供が笑い、兵士が武器を下ろす。
だが、ファルディアは知っている。
この平和は、誰かの未練と犠牲の上に浮かんでいることを。
「……〈みらい〉……」
彼は、モニターの中の艦を見つめた。
「貴艦は……帝国の敵か……それとも……」
答えは、まだ、宙にある。
だが一つだけ確かなことがあった。
この帝国は、一度、滅びるはずだった未来を生きている。
その重みを、いずれ、支払う時が来る。
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