第29話 再着陸 ― 流れた未来が選んだ世界
最初に戻ってきたのは、重力だった。
星海では、意志だけが身体を支えていた。
だが今、遼の足裏には、確かな“床”がある。
〈みらい〉の艦橋。
鋼鉄の匂いと、電子機器の低い駆動音。
「……帰ってきた、か」
『艦体再構成、完了。時空位相、安定しています』
ユイの声は、かつてと同じ合成音だった。
だが、そこにわずかな揺らぎが混じっている。
「ユイ……無事か?」
『……はい。ですが……私はもう、“元の私”ではありません』
レイリアが振り向く。
「どういうこと?」
『星海と同化したことで、私は……流れたすべての未来を、演算ではなく“記憶”として保持しています』
主モニターが点灯し、外の景色を映し出す。
青空。
雲。
そして――生きている都市。
かつて焼かれるはずだった帝国の首都は、今も人々の営みを乗せて動いていた。
「……残ってる……」
レイリアの声が、かすかに震える。
『時間座標、照合完了。ここは……我々が揺らぎ核へ突入する直前と、ほぼ同一』
「でも……同じじゃない」
遼は、モニターの街を見つめた。
「空気が……違う」
『はい。この世界は、“最も多くの未来が生き残る分岐”として再構成されています』
星海で解き放たれた可能性たちが、互いに押し合い、譲り合いながら、ひとつの現実を形作った結果。
そのとき、通信が割り込んだ。
『こちら、帝国合同防衛司令部。識別不明の巨大艦、応答を――』
遼は、静かに応じる。
「こちら〈みらい〉。……帰還した」
『……帰還?あなた方は、星海へ消失したはず……』
「消えたんじゃない。流れていた」
わずかな沈黙。
『……我々の世界が……滅びずに続いているのは……あなた方の……?』
「そうだ」
遼は否定しなかった。
「だが……それは俺たちの功績じゃない。無数の“選ばれなかった未来”が、この世界を選んだだけだ」
レイリアが、そっと胸に手を当てる。
「……この街の人たち……ちゃんと……生きてる……」
『艦長』
ユイの声が、いつもより近く感じられた。
『星海は……まだ完全には閉じていません。解放された未来の余波が……各時間線に、干渉を始めています』
「……嵐の後の、うねりか」
『はい。ですが……それは、誰かが管理する運命ではありません』
遼は、艦橋の窓越しに、広がる空を見つめる。
「……なら……俺たちの役目は、はっきりしてる」
「なに?」
「この世界で……“選ばれ続ける未来”を守ることだ」
〈みらい〉のエンジンが、低く唸る。
星海を渡った艦は、今度は現実という戦場に、静かに再着陸した。
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