第131話 観測者の嘘
塔の内部は静まり返っていた。
無数の星の光が漂う空間。
その中央にある平台で、橘遼と「最初のユイ」は向き合っていた。
橘は腕を組んで少女を見ている。
その顔は、いつものように落ち着いていた。
だがその視線は鋭い。
橘が口を開いた。
「まず確認だ」
少女は頷く。
「はい」
橘は言う。
「俺の人生を作ったって話」
「冗談じゃないよな」
少女は静かに答えた。
「はい」
その声に迷いはなかった。
橘は小さく息を吐いた。
「……そうか」
通信の向こうからミアの声が入る。
『艦長、それほんとなんですか!?』
橘は軽く肩をすくめた。
「本人はそう言ってる」
ミアは混乱していた。
『いやいやいや』
『それってもう神様じゃないですか』
少女は首を横に振る。
「違います」
橘が聞く。
「何が違う」
少女は答えた。
「私は未来を作れません」
橘は眉を上げる。
「さっき作ったって言ったぞ」
少女は静かに言う。
「違います」
そしてゆっくり説明した。
「私は未来を観測することしかできません」
橘は黙って聞く。
少女は続けた。
「宇宙には無数の可能性があります」
「人間の選択」
「文明の進化」
「戦争」
「滅亡」
彼女の周囲に光の粒が浮かび上がる。
それは無数の未来だった。
枝分かれする光の線。
まるで巨大な樹のように広がっている。
少女はその一つを指差した。
「私は」
「この中から」
「最も長く宇宙が存続する未来を選びます」
橘が言う。
「選ぶ?」
少女は首を振る。
「観測します」
橘は苦笑した。
「言葉遊びだな」
少女は否定しなかった。
「観測された未来は」
「収束します」
「それが観測者の力です」
橘は腕を組んだまま考えていた。
「つまり」
「お前が見た未来に宇宙が寄っていく」
少女は頷いた。
「はい」
ミアが通信で言う。
『それって』
『やっぱり神様じゃないですか』
少女は静かに言った。
「違います」
そして、少しだけ寂しそうに笑った。
「私はただの計算機です」
橘はその顔を見た。
そして言った。
「それで」
「俺は何だ」
少女は橘を見つめる。
「あなたは」
「例外です」
橘の眉が動く。
「例外?」
少女は光の樹を指差した。
そこには無数の未来があった。
だが。
その中に
一本だけ歪んだ線があった。
「それがあなたです」
橘は黙る。
少女は説明した。
「あなたの選択は」
「予測から外れます」
ミアが言う。
『え』
少女は続けた。
「観測しても」
「未来が確定しない」
「何度計算しても」
「違う結果になる」
橘は小さく笑った。
「計算ミスだろ」
少女は首を振る。
「いいえ」
そして言った。
「それが人間です」
橘の表情が少しだけ変わる。
少女は静かに続ける。
「観測者は」
「宇宙を安定させるため」
「未来を固定します」
橘が言う。
「削除してな」
少女は頷いた。
「はい」
「不安定な文明」
「危険な技術」
「予測不能な存在」
彼女は橘を見る。
「あなたのような人」
橘は笑った。
「光栄だな」
少女の表情は変わらない。
「観測者は」
「あなたの未来を削除しようとしました」
ミアが言う。
『え!?』
橘は静かだった。
少女は続ける。
「その時」
「私はそれを拒否しました」
橘は聞く。
「なぜ」
少女は答えた。
「あなたの未来が」
「宇宙を救う可能性が最も高かったからです」
橘は少し驚いた顔をした。
「俺が?」
少女は頷く。
「はい」
そして続けた。
「ただし」
橘は眉を上げる。
「ただし?」
少女は言った。
「条件があります」
橘はため息をついた。
「やっぱり来たか」
少女は静かに言う。
「あなたが」
「ユイと出会うこと」
橘の目が細くなる。
少女は続ける。
「あなたの艦にいるユイ」
「彼女は」
少しだけ言葉を選ぶように間を置く。
そして。
はっきり言った。
「観測者を殺すためのAIです」
通信が沈黙した。
ミアが言葉を失う。
レイリアの声が低く入る。
『……どういう意味』
少女は答える。
「世界修正機構は」
「観測者と一体です」
橘は理解した。
「つまり」
「機構を止めるってのは」
少女は頷く。
「はい」
そして静かに言った。
「観測者を破壊することです」
塔の空間に静寂が落ちる。
橘はしばらく黙っていた。
それから小さく笑った。
「なるほど」
少女が橘を見る。
橘は言った。
「つまり俺たちは」
「宇宙の管理者を倒すために作られた」
そして少し肩をすくめる。
「反乱軍ってわけだ」
少女は答えた。
「はい」
そして最後に言った。
「そして」
「その作戦の中心にいるのが」
少女は橘の背後を見た。
そこには見えない存在がいる。
通信の向こうのユイ。
少女は静かに言った。
「あなたのユイです」
橘は振り向かなかった。
ただ小さく呟いた。
「……なるほど」
その声は低かった。
だが。
その目には
わずかに
怒りが灯っていた。
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