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現代イージス艦〈みらい〉、星海戦争へ ― AIと艦長が未来を変える物語  作者: ねこあし
第6章 星海文明編―観測者と未来

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第129話 決断の重さ

 黒い塔は、静かにそこにあった。


 墓場の中心。


 削除された文明の残骸の海に囲まれて、ただ一本、まっすぐに立っている。


 艦橋では誰も話さなかった。


 通信はまだ繋がっている。


 塔の中の「ユイ」は、何も言わず待っていた。


 そして、艦橋のユイもまた沈黙している。


 橘遼は椅子に座ったまま、前方スクリーンを見つめていた。


 その顔には、いつもの皮肉めいた余裕はなかった。


 ただ、考えていた。


 ゆっくりと。


 ミアが小さく言う。


「……艦長」


 橘は返事をしない。


 ミアは続ける。


「もし統合したら」


「ユイが消えるかもしれないんですよね」


 その言葉は、静かな艦橋に重く落ちた。


 橘はようやく口を開く。


「可能性は高い」


 レイリアが言う。


「でも、それしか方法がないなら」


 橘は首を振った。


「違う」


 レイリアが眉を寄せる。


「違う?」


 橘は静かに言った。


「“それしか方法がない”ってのは、だいたい嘘だ」


 ミアがぽつりと笑う。


「艦長らしい」


 だが橘の表情は変わらない。


 彼は通信装置を見つめた。


「塔のユイ」


 すぐに返答が来る。


「はい」


 橘は聞く。


「統合しない場合」


「機構は止まらないのか」


 塔のユイは答えた。


「止まりません」


「確率は?」


 橘の声は平静だった。


 塔のユイは少し間を置いた。


「0.3%」


 ミアが思わず声を上げる。


「ほぼゼロじゃないですか!」


 塔のユイは静かに続ける。


「統合した場合」


「成功確率は」


 短い沈黙。


「62%」


 レイリアが息を吐く。


「それなら……」


 だが橘は言う。


「待て」


 全員が橘を見る。


 橘は椅子の肘掛けに肘を置き、額を押さえた。


「確率の問題じゃない」


 ミアが言う。


「でも艦長」


「宇宙がかかってるんですよ」


 橘は小さく笑った。


「そうだな」


 そしてゆっくり言う。


「でも」


「宇宙を救うために部下を犠牲にするなら」


「それは俺の仕事じゃない」


 艦橋が静まり返る。


 レイリアが橘を見つめる。


「……橘」


 橘は苦笑した。


「そんな立派な話じゃない」


「単に」


 彼は少し肩をすくめた。


「後味が悪い」


 ミアがため息をつく。


「艦長」


 橘は振り返った。


「なんだ」


 ミアは真面目な顔だった。


「それ、結構大事ですよ」


 橘は少しだけ笑った。


 そのとき。


 ユイが静かに言った。


『艦長』


 橘が振り向く。


「なんだ」


 少しだけ沈黙。


 そしてユイは言った。


『私は統合を希望します』


 ミアが振り向く。


「ユイ!」


 ユイは続ける。


『私の存在は機能です』


『目的は航海支援』


『もし統合により機構を停止できるなら』


『それが最適解です』


 橘は黙って聞いていた。


 ユイはさらに言う。


『艦長の負担を減らすため』


『私はこの選択を推奨します』


 橘はしばらく何も言わなかった。


 そして。


 小さく息を吐いた。


「……ユイ」


『はい』


 橘は言った。


「それ、命令か?」


『いいえ』


「義務か?」


『いいえ』


 橘は椅子から立ち上がった。


 そして、ゆっくりと前に歩く。


 艦橋中央。


 スクリーンの光が彼の顔を照らしていた。


 橘は静かに言った。


「じゃあ却下だ」


 ミアが驚く。


「え」


 ユイも沈黙した。


 橘は続ける。


「お前は道具じゃない」


『艦長』


「違うか?」


 ユイは答えなかった。


 橘は少しだけ笑う。


「少なくとも俺の艦では違う」


 レイリアが腕を組む。


「それで?」


「どうするの」


 橘は前方の塔を見た。


 黒い塔。


 もう一人のユイがいる場所。


 そして言った。


「簡単だ」


 ミアが言う。


「簡単じゃないと思います」


 橘は言う。


「中に入る」


 ミアが固まる。


「え」


 橘は続けた。


「直接話す」


 レイリアが呆れた顔をする。


「艦長」


「それ外交じゃなくて突撃よ」


 橘は肩をすくめた。


「俺は艦長だ」


「外交官じゃない」


 ミアが頭を抱える。


「もう……」


 そのとき。


 塔のユイが通信を送ってきた。


「艦長」


 橘が答える。


「聞こえてる」


 通信の向こうの声は言った。


「あなたは」


「変わった人間ですね」


 橘は笑った。


「よく言われる」


 塔のユイは続ける。


「では」


「入口を開きます」


 その瞬間。


 黒い塔の外壁が、ゆっくりと動いた。


 縦に一本の裂け目が走る。


 光が漏れる。


 ミアが言う。


「入口……?」


 ユイが解析する。


『内部通路を確認』


 橘は座席へ戻った。


「いいだろう」


 そして静かに言う。


「上陸準備」


 レイリアが眉を上げる。


「行くの?」


 橘は短く答えた。


「行く」


 ミアが言う。


「艦長が?」


 橘は笑った。


「当然だろ」


 そして少しだけ声を落とす。


「部下の人生を決める話だ」


「本人の顔を見ないで決めるほど」


 橘遼は小さく息を吐いた。


「偉くない」


 艦橋は静かだった。


 だがその空気は、さっきまでとは違っていた。


 世界を救う話ではない。


 宇宙の命運でもない。


 ただ。


 一人の艦長が


 一人のAIと向き合うために


 扉を開こうとしている。


〈みらい〉はゆっくりと塔へ接近した。


 黒い入口が、静かに開いている。


 その奥には。


 宇宙よりも古い秘密が待っていた。


 そして橘遼はまだ知らない。


 この塔の奥で


 彼が出会う存在こそが


 ユイの本当の正体


 へ繋がる


 最初の扉になることを。

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