第110話 軍の分裂 ― 帝都前夜、銃口は内側へ
帝都北部、第一機甲師団駐屯地。
夜明け前の冷気の中で、装甲車両のエンジンが低く唸っていた。
本来ならば外敵に向けられるはずの鋼鉄が、今日は市街地の中心を向いている。
目標は議会地区。
名目は「国家安定維持」。
だが、同時刻。
南方軍管区司令部でも緊急命令が出されていた。
「第一機甲の進出を阻止せよ」
命令署名は中将アレクシス・ヴェルナー。
表向きは中央忠誠派。
だが実際は、反戦派に近い軍人だった。
「確認だ」
副官が問う。
「我々は中央命令に逆らうのですか」
「中央は国家ではない」
ヴェルナーは低く答える。
「国家とは国民と制度だ。軍が議会を踏みにじるなら、それはクーデターだ」
彼は通信回線を開く。
「第一機甲師団へ通達。議会地区進出は違憲命令と判断する。停止せよ」
返答は短い。
「本命令は将軍ヴァルディア直轄である。従えぬ」
沈黙。
その沈黙が、帝国軍の分裂を告げていた。
〈みらい〉艦橋
『帝国軍通信網に異常』
ユイの解析画面に赤線が走る。
『軍内部で命令系統の競合発生』
「始まったな」
遼は呟く。
『武力衝突確率、七十二パーセント』
レイリアが息を呑む。
「内戦になるの」
『局地的衝突から拡大する可能性が高い』
遼は即断する。
「監視強化。介入はまだしない」
撃てば外敵になる。
撃たねば血は流れる。
どちらも地獄だ。
帝都中央橋
第一機甲師団の先頭車両が橋を渡ろうとした瞬間、対岸に装甲部隊が展開する。
砲塔がゆっくり回転する。
同じ帝国紋章。
同じ制服。
だが照準は互いへ。
「最後に問う」
ヴェルナー中将の通信が響く。
「議会制圧命令を撤回せよ」
第一機甲師団長の声は硬い。
「国家非常事態である。議会は混乱の源だ」
「議会を守るのが軍だ」
数秒。
永遠のような数秒。
発砲音。
どちらが先だったのか、誰も後に証明できない。
だが砲弾は橋脚を抉り、衝撃波が水面を割った。
帝国軍同士の初弾。
帝都上空
揺らぎが乱れる。
星海の色が不規則に明滅する。
『軍内部衝突確認』
ユイが告げる。
『分岐数急増』
「これが自由の代償か」
遼は低く言う。
『違います』
ユイは否定する。
『強制が崩れた直後の反動です』
『分岐は安定へ向かう可能性もあります』
下では砲声。
上では未来の光。
帝国は今、二つに割れた。
帝国中央司令部
ヴァルディア将軍は報告を受ける。
「南方軍が反旗を翻しました」
「裏切り者め」
彼は拳を握る。
「全軍に通達。南方軍を反乱軍と認定する」
その瞬間、帝国は正式に内戦へ足を踏み入れた。
〈みらい〉
艦橋は静まり返る。
誰も軽々しく口を開かない。
「俺たちは何を守る」
遼が問う。
『市民です』
ユイは迷わない。
『制度でも派閥でもなく、非戦闘員の生存率を最優先目標とします』
遼はうなずく。
「よし。避難経路の確保を優先。撃つのは最後だ」
帝国の夜空に、砲火が咲く。
だが星海はまだ、単色には戻らない。
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