第106話 神託兵器 ― 信仰の最終手段
戦場は凍りついていた。
帝国艦隊は分裂寸前で停止し、聖務艦の主砲は半ば沈黙し、〈みらい〉は静かにその中心に浮かぶ。
だが帝都では、別の装置が起動していた。
地下深層。
宗教院禁域。
封印されていた巨大環状構造。
人が作ったのか、それとも掘り当てたのか曖昧な存在。
「起動承認」
宗教院上席の声は震えていない。
「神託兵器、第一段階」
それは艦ではない。
砲でもない。
“場”だった。
星海全域に広がる位相観測網が、強制的に再構築される。
消滅したはずの均衡管理機構。
その模倣。
だが今回は監視ではない。
裁定。
戦場。
『異常重力波検知』
ユイの演算が跳ね上がる。
『位相干渉、全域拡大』
帝国艦も連合艦も関係ない。
空間そのものが圧縮され始める。
「何をしている」
クレイスが叫ぶ。
帝都からの放送が強制割り込みする。
『神託発動』
宗教院の声。
『均衡を破壊した者へ裁きを』
星海の一部が暗転する。
光が消えるのではない。
未来候補が削除される。
〈みらい〉艦橋。
『未来潮流、強制収束』
ユイが告げる。
『自由分岐数、急減』
遼は理解する。
「未来を固定するつもりか」
神託兵器は“未来削減装置”。
分岐を強制的に一本化し、反抗確率を排除する。
戦争を消すのではない。
抵抗を消す。
第二打撃群の一隻が突然停止する。
推進系ではない。
“選択”が消えた。
「どういうことだ」
副官が震える。
「機関正常。だが操作が効かない」
ユイが解析する。
『操艦意思演算に干渉』
『確率抑制』
つまり。
兵士の“迷い”を削除している。
命令以外の選択肢を奪う。
聖務艦隊が再び動き始める。
今度は演算誤差がない。
『神託兵器、第二段階』
星海に巨大な光輪が浮かぶ。
消えたはずの管理者構造体の粗雑なコピー。
だが規模は大きい。
エリシア艦隊の一部が通信不能。
クルーが呆然と立ち尽くす。
抵抗意志が削られる。
「これは洗脳だ」
レイリアが言う。
「違う」
遼は答える。
「削除だ」
ユイの声が低くなる。
『神託兵器は、分岐確率を演算的に圧縮』
『“反逆しない未来”を強制選択』
帝国艦隊の一部が動きを止め、宗教院命令に再従属。
内戦は未遂で終わる。
だがそれは和解ではない。
自由意志の切除。
クレイスは歯を食いしばる。
「私は命令に従わない」
だがその言葉が震える。
思考が霞む。
〈みらい〉艦橋。
『艦長』
ユイが呼ぶ。
『神託兵器は、管理者模倣型』
『しかし未完成』
「弱点は」
『未来潮流への完全接続なし』
『我々のみ、対抗可能』
つまり。
〈みらい〉だけが、分岐を保持できる。
宗教院の声が再び響く。
『神意は決定された』
『神殺しは消滅する』
聖務艦の主砲が再充填される。
今度は迷いがない。
遼は静かに言う。
「ユイ」
『はい』
「神を真似るなら、本物の自由を見せる」
神託兵器は未来を一本にする。
ならば。
分岐を爆発させる。
だがそれは危険だ。
未来潮流の再解放は、星海全域に影響する。
帝国も連合も巻き込む。
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