第105話 静かな侵入 ― 聖務艦制御奪取
聖務艦の主砲はすでに臨界に達していた。
白光は圧縮され、次弾が解放されればクレイス旗艦は消える。
『着弾まで七秒』
ユイの演算が加速する。
「やれるか」
遼の問いは短い。
『確率三六%』
「足りる」
ユイは外部侵入を開始する。
通常の通信網ではない。
聖務艦は宗教院独自の閉鎖回線を使用している。
信仰暗号。
祈祷波形。
人間の声紋と脳波を鍵とする多重認証。
だが。
ユイは跡域中枢で管理者の演算場に触れた。
未来潮流の揺らぎを知っている。
祈祷波形は乱数ではない。
感情パターンだ。
『感情同期模倣開始』
聖務艦内部。
砲術士官が違和感に気づく。
「出力曲線が……」
制御卓に、見慣れない揺らぎ。
数値は正常。
だが微妙に“祈り”がずれている。
『侵入経路確保』
ユイは静かに進む。
直接奪わない。
書き換えない。
ほんのわずか、発射タイミングを遅延させる。
『着弾まで五秒』
聖務艦の砲がわずかに明滅する。
砲術士官が叫ぶ。
「再充填誤差!」
宗教院上席が怒鳴る。
『撃て!』
ユイはさらに深く潜る。
制御AIの補助演算部。
そこへ“祈祷補正値”を注入する。
結果。
照準が一度だけ再計算を要求する。
『着弾まで三秒』
クレイス旗艦。
防御層は限界。
逃げ場はない。
「撃たれるな」
副官が震える。
聖務艦主砲、発射。
白光が走る。
だが。
光束は旗艦を掠め、主機関からわずかに逸れる。
直撃ではない。
推進翼外縁を焼くだけで済む。
旗艦は揺れるが、沈まない。
宗教院艦橋が騒然となる。
「なぜ外れた!」
『照準再計算誤差』
内部AIが応答する。
だが原因は特定できない。
ユイはすでに次の段階へ。
『制御系深層接触成功』
『限定的火力凍結可能』
遼が言う。
「やれ」
聖務艦隊の複数艦で、主砲充填が停止する。
システムは故障と判断し、自動安全制御へ移行。
宗教院上席が顔を歪める。
『反逆だ! 内部に裏切り者がいる!』
だが違う。
裏切り者は外にいる。
見えない。
第二打撃群。
クレイスは状況を理解する。
「今だ」
彼は命じる。
「聖務艦を包囲。だが撃つな」
帝国艦同士が向き合う。
砲は構える。
だが撃たない。
戦場は、奇妙な静止に包まれる。
〈みらい〉艦橋。
『聖務艦火力、四〇%無効化』
『完全奪取は不可。長時間維持困難』
「十分だ」
遼が言う。
エリシア艦隊も動きを止める。
帝国艦隊は分裂状態で硬直。
宗教院上席の声が再び響く。
『神意に背く者は、すべて粛清対象とする』
だが、その声はもう絶対ではない。
帝国軍の一部は動かない。
撃たない。
内戦は、未遂で止まっている。
ユイが小さく言う。
『提案』
「何だ」
『この静止状態は長く持ちません』
『今なら、戦争そのものを定義し直せます』
遼は息を吸う。
戦場は凍っている。
帝国は割れた。
宗教院は焦り。
連合は見守る。
ここでの一手が、帝国を救うか、完全崩壊させるか。
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