第101話 反転砲火 ― 裏切り艦隊の先制
帝国第一打撃群との接触予測まで五十二分。
その前に、別の艦隊が動いた。
『連合識別信号、接近』
ユイの報告は冷静だが、解析結果は冷酷だった。
『裏交渉確認済み、三領主連合艦隊』
『戦闘隊形へ移行』
スクリーンに映るのは、かつて共に評議会で席を並べた紋章。
今は帝国暫定識別コードが重ねられている。
「躊躇はないな」
ハルト少将が呟く。
通信が入る。
裏切り側の代表、ヴァルグレン伯。
かつては地方連合結成に賛同した人物。
「橘艦長」
声は穏やかだ。
「これは個人的感情ではない。選択だ」
「帝国への忠誠か」
「生存への合理だ」
伯は続ける。
「あなた方は神を殺した。帝国はそれを許さない」
「我らが巻き添えになる理由はない」
遼は短く答える。
「撃つのか」
「撃つ」
通信が切れる。
数秒後、警報。
『高出力砲、充填確認』
『発射兆候』
最初の光が走る。
味方だったはずの艦からの砲撃。
〈みらい〉が回避機動に入る。
大破状態の艦体が軋む。
『外殻損耗部位へ直撃予測』
「右舷逆潮噴射!」
ハルト少将が指示。
艦体が横滑りする。
光束が背後を掠める。
だが衝撃波だけで外装が剥がれる。
『損耗率四二%』
敵艦隊は五隻。
だが地理的優位を取っている。
彼らは補給航路上に布陣。
「兵站を断ちつつ叩くつもりだ」
レイリアが言う。
第二射。
今度は散開弾。
逃げ道を塞ぐ網状射撃。
ユイが即座に解析。
『彼らは帝国式射撃理論を採用』
『既に統合作戦指示を受信済み』
「つまり先遣隊だな」
遼が言う。
裏切り艦隊は試験石。
〈みらい〉の損耗を増やし、位置を固定する役目。
その後ろに帝国第一打撃群。
「撃ち返すか」
ハルト少将が問う。
遼は一瞬だけ目を閉じる。
彼らは昨日まで味方だった。
だが今、砲を向けている。
「撃つ」
主砲ではない。
限定出力。
『照準固定』
『発射』
白光が走る。
敵旗艦の前方を掠める警告射。
だが敵は止まらない。
ヴァルグレン伯の艦が突進する。
「橘艦長、あなたを拘束する。降伏すれば乗員の命は保証する」
「保証の出所は帝国か」
「そうだ」
三射目。
今度は命中。
〈みらい〉の左舷装甲が弾ける。
『内部隔壁閉鎖』
『浸水区画発生』
艦橋が揺れる。
「甘い射撃だ」
ハルト少将が唸る。
裏切り艦隊は迷いがある。
撃っているが、全力ではない。
それが逆に危険だ。
中途半端な攻撃は消耗を長引かせる。
ユイが計算を提示。
『現状戦力比、単独撃破可能』
『ただし帝国艦隊到達までに再損耗二〇%超』
つまり、ここで削られれば本戦が絶望的。
遼が決断する。
「短期決着」
「殲滅か」
「戦闘不能化」
ユイが理解する。
『非致死制圧モードへ切替』
〈みらい〉の姿勢が変わる。
正面を向かない。
斜めに滑り込み、敵陣形の間隙へ。
浮遊航行と逆潮推進の併用。
常識外の軌道。
敵艦隊が追従できない。
『敵二番艦、推進系損傷』
限定出力の精密射。
機関部だけを撃ち抜く。
ヴァルグレン伯の声が荒れる。
「なぜ撃ち返さぬ!」
「撃っている」
遼が答える。
「殺していないだけだ」
三隻が行動不能。
残り二隻が後退。
だがその瞬間。
『帝国第一打撃群、距離短縮』
『高速侵入』
裏切り艦隊は役目を果たした。
〈みらい〉は位置を固定され、損耗も増えた。
帝国艦隊の影が、星海に広がる。
ヴァルグレン伯の最後の通信。
「選択は終わった、橘艦長」
遼は静かに答える。
「いや」
帝国艦隊の主砲群が発光する。
全面戦争、本格化。
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