第99話 神殺し認定 ― 帝国、全面戦争を決断す
帝都上空は曇天だった。
だが天候とは無関係に、中央議事塔の空気は重く、息苦しいほどの緊張に満ちていた。
跡域崩壊の映像は、すでに何度も再生されている。
光の爆縮。
均衡構造体の崩壊。
中心で耐え切る黒い艦影。
そして最後に立ち上る白光。
「間違いないな」
皇帝の声は低い。
「第三勢力は消滅した」
軍務総監が答える。
「観測記録上、管理構造体は完全崩壊。跡域も消失しました」
宗教院代表が前へ出る。
その目は震えていない。
「これは奇跡ではありません。冒涜です」
広間がざわめく。
「彼らは均衡を壊した。神を殺した」
宗教院代表は断言する。
「未来を監視していた存在を破壊した以上、世界は無制御状態へ移行する」
軍部の一部は反論する。
「均衡管理など幻想だ。あれは干渉者に過ぎん」
「幻想でも構わぬ」
宗教院代表は即座に切り返す。
「秩序は“信じられている”ことに意味がある」
皇帝は沈黙していた。
映像に映る〈みらい〉。
崩壊を受け止める艦。
撤退する帝国艦隊。
あの場に帝国は存在していた。
だが主役ではなかった。
「我らは傍観者だった」
皇帝が呟く。
「それが問題だ」
軍務総監が一歩踏み出す。
「このままでは帝国は“神を守れなかった国家”として記憶されます」
宗教院代表が続ける。
「あるいは、“神を殺した存在を放置した国家”として」
沈黙。
そして、決断。
「認定する」
皇帝の声は明瞭だった。
「〈みらい〉を“神殺し”と」
宣言は即時布告へ移る。
帝国法第七条。
文明存続脅威認定。
「全面戦争準備を開始せよ」
議場が凍りつく。
軍部ですら予想外だった。
「陛下、本気で」
「躊躇は滅びを招く」
皇帝の目は冷えている。
「均衡を壊した以上、彼らは抑止ではなく主導権を握る存在だ」
その瞬間。
帝都全域に警報が鳴り響く。
軍港で戦略艦の出港が始まる。
予備役動員。
連合圏境界封鎖強化。
公式声明が放送される。
『帝国は文明存続を守るため、神殺し艦〈みらい〉に対し武力制圧を開始する』
連合圏でも同時に波紋が広がる。
地方連合は凍りつく。
支援要請は、戦争宣言へ変わった。
〈みらい〉艦内。
損傷区画で応急修理が続いている。
医療区画では橘遼が起き上がる。
まだ歩行は不安定だ。
「……来るな」
彼は呟く。
ユイが静かに答える。
『帝国、全面戦争を宣言』
艦橋に重苦しい空気が落ちる。
「理由は」
『神殺し認定』
遼は目を閉じる。
怒りではない。
覚悟の確認。
「予想はしていた」
『回避確率、極小』
「逃げるか」
『逃走は一時的延命に過ぎません』
ハルト少将が前へ出る。
「正面衝突か」
遼はゆっくりと立つ。
まだ位相干渉が残る。
だが立つ。
「俺たちは神を殺したんじゃない」
声は静かだが、艦橋に響く。
「選択を取り戻しただけだ」
ユイが応じる。
『しかし帝国はそれを脅威と認識』
「なら証明するしかない」
「何を」
「俺たちは破壊者じゃないと」
だが。
証明は戦場で行われる。
外縁センサーが新たな反応を捉える。
帝国第一打撃群。
大規模艦隊。
接近速度、高速。
『接触まで二時間』
全面戦争は、もう始まっている。
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