奏の弱点
「こんにちは。今日のNOCTIS – Night Archiveは、メンバー料理回です」
朔の挨拶で始まる、いつもの動画撮影。
簡易キッチンの前に立つ四人。
お揃いのエプロンをつけている。
笑顔の凪、陽。
いつもに増して不機嫌そうな奏。
朔の厳しい目が奏に向く。
それに気づいたのか、奏は僅かに表情を整える。
「今日は、全員でカレーを作ります」
朔が言うと、陽が大声で喜ぶ。
「やった!!カレー好きなんだっ」
「味覚、お子様」
奏がすかさず突っ込む。
「カレーは皆好きだよね」
凪が言う。
「お、凪、わかってんじゃん」
陽は嬉しそう。
「役割分担の発表だ」
朔が淡々と言う。
「陽は米、俺と凪で下ごしらえ」
一旦言葉を切り、ちらっと奏を見る。
他二人も奏に視線を向ける。
「奏は……ルー」
一瞬、沈黙が落ちる。
陽が吹き出す。
「ルーって……!!なんだそりゃ?!」
奏が陽を睨む。
「陽、うるせぇ」
不機嫌を隠そうともしない。
凪も笑いをこらえている。
「……奏には包丁は持たせられないからね……」
「……凪も黙れ」
奏は完全に拗ねたように顔を逸らす。
「始めるぞ」
そう言って朔は包丁を手に取る。
凪は野菜を切り始める。
「はいはーい」
陽は米をとぎ始める。
奏は鍋の前に立って、カレーの箱をじっと見ていた。
「……これ、いつ入れんだ?」
「俺がいいって言ったらだ」
朔が横目で奏を見る。
「……それまで何してりゃいいんだ?」
朔は野菜を切りながら、答える。
「見てろ」
「は?何を?」
顔をしかめて奏が朔を見返す。
「箱見てればー?」
陽が水を飛ばしながら笑う。
奏は箱をコンロの横にぽいっと置いた。
「もう見た」
ポケットに手を突っ込み、つまらなそうに奏は空の鍋を見下ろした。
「陽、遊んでないで早く米研げ。間に合わなくなるぞ」
朔が注意する。
その横で凪はきれいに野菜を切っていく。
「奏、ちょっといい?」
切った野菜をボウルに入れて凪が奏の横に立つ。
「ん?」
「鍋、火入れるから」
そう言ってコンロに手をかける。
カチカチっと軽快な音がしてコンロに火が点く。
凪は手際よく肉と野菜を炒めていく。
「……お前、料理出来んだな」
それを見ていた奏がぼそっと言う。
凪は奏を見上げて笑った。
「そりゃあ、一人暮らし長いからね……奏は……」
そこまで言って凪はくすっと笑う。
「しないよね」
奏は言葉に詰まる。
「……料理なんか出来なくても、飯は食える」
凪は困ったように笑う。
「まぁ……間違いでは、ないけど」
鍋からいい匂いがし始める。
奏は鍋を覗き込む。
「……もう入れていいか?」
「え?」
凪が止める間もなく、奏はルーをそのまま突っ込んだ。
ジューッと音がして、ルーが焦げていく。
「ちょっ……奏っ!」
凪は慌ててお玉でルーを掬う。
「え?ダメだったか?」
そこへ異変を察した朔が見に来る。
「どうした?」
「あ、朔!奏がルー入れちゃって……」
朔が眉をひそめる。
「なに?」
鋭い目が奏を見る。
奏はすっと目を逸らした。
「奏」
厳しい朔の声が奏に向かう。
「なんだよ?」
目は合わせずに奏が答える。
「……俺がいいって言ったら入れろと言っただろ」
「……そうだっけ?」
奏はとぼけた。
「ちょっと朔、奏どいて」
凪が陽の方へ向かって行って、計量カップに水を入れる。
それを勢いよく鍋にぶち込んだ。
じゅうっという音が再度響いた。
「うーん?ちょっと焦げちゃったかなぁ」
そう言いながら、凪はお玉で鍋をかき混ぜる。
それから凪は奏に向き合う。
「奏、お疲れ様」
にっこり笑う。
「は?」
奏はぽかんとしながら凪を見下ろした。
「あとは俺が入れるよ」
凪の有無を言わさない笑顔で奏はその場を追いやられた。
凪の隣では、朔が笑いを堪えているのがわかった。
「……っんだよ」
奏は不機嫌そうに舌打ちしながら、米をセットした陽の方へ行った。
「米、セット完了っ!!」
陽が炊飯のスイッチを押しながらひとりで騒いでいた。
「お、奏、ルー係も剥奪されたのか?」
にっと嫌な笑いを浮かべながら、陽は奏を見た。
「見てたのかよ」
「見えた」
笑いながら、陽は頭の後ろで手を組んだ。
奏は椅子に座る。
陽も横に座った。
「俺も米スイッチ入れたらやることねぇーなー」
暇そうに朔と凪を見る。
「……ま、いっか、あとはあいつらに任せておけば」
そう言ってスマホを取り出していた。
しばらくすると、カレーのいい匂いが漂ってくる。
「奏ー?ご飯盛って?」
凪が鍋の前から声をかける。
奏は立ち上がって炊飯器の前に行く。
かぱっと蓋を開けると、炊きたてのご飯の匂いがあがってくる。
「……陽のくせにちゃんとメシ炊けてる……」
少しだけ悔しかった。
「お前、米も炊けねぇの?」
いつの間にか隣にいた陽が呆れる。
「……炊飯器がねぇ」
陽は目を丸くして奏を見上げた。
「え、日本人なのに?」
奏は口を尖らせて陽を見下ろす。
「悪ぃかよ?」
「じゃあ、どうやって生きてんだよ?」
奏はしゃもじを手に取り、米に突き刺す。
「買う」
「ちょっ……奏、まずはご飯混ぜんだよ」
陽はしゃもじを奏から奪い取る。
そして慣れた手つきでご飯を混ぜていく。
「奏はご飯も盛れないんだな」
呆れたように陽が言った。
「うるせぇ」
奏は不機嫌を隠そうともせずに、椅子に戻った。
少しすると、皿に盛られたカレーが運ばれてくる。
椅子に座って待っていた奏を見て、朔は盛大に溜め息をついた。
「お前は結局何をやったんだ?」
横でカレーを手に陽が笑う。
「カレー焦がして、ご飯にしゃもじ刺しただけ」
奏は陽を無言で睨む。
陽は気にもせず、鼻歌混じりにカレーをテーブルに置いて座った。
四人が揃う。
「いただきます」
四人で手を揃えてから、食べ始める。
「んー?やっぱり、ちょっと焦げてる?」
凪が首を傾げる。
「まぁ、あの盛大な間違いをおかした割には成功だろう」
朔が一口食べて感想を言う。
「やっぱカレーうめぇ!!」
陽はガツガツと食べている。
「……陽には味は関係なさそうだな」
朔は冷めた目で陽を見下ろす。
奏は無言で食べていた。
……ちゃんとカレーだ。
そんなことを思いながら。
「……という事で」
突然、朔が締めに入る。
「今日の教訓は『奏に料理をさせるな』でした」
奏はごほっとむせ返った。
「なんだ?そりゃ」
「間違いじゃないね」
凪が涼しい顔でカレーを食べながら同意する。
陽もこくこくと頷く。
「なっ」
奏が反論しようとするが、朔に手で制される。
「以上、本日のNOCTIS – Night Archiveでした」
朔が締める。
カメラが止まる。
「……次はやらせろ」
奏の言葉に三人の動きが止まる。
「やめとけ」
「やめて」
「ダメだろーっ」
三人の声が揃う。
「……っ!」
奏は何も言えなかった。




