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宵闇に奏でる―NOCTIS STORY  作者: 夜月黎


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夜明けのはじまり

あいつが初めて視界に入った時、俺は息が止まるかと思った。


女かと思った。


……いや。


――天使みたいだと思った。


くだらない……。

んなわけねぇのに。


けど、目が離せなくなって、気づいたら歌い続けていた。


そいつは入口に立ち止まったまま、俺の歌を聞いていた。


……終わるまで聞いてる気か……?


歌うのをやめる。

入口に目を向ける。


ふっと目が合った。

そいつは息を呑んだように動きを止め、こちらを見つめる。


そいつは目を離さない。

……俺もだった。


つい、目が鋭くなる。


「……何?」


少し警戒を潜ませながら、声を出す。


その声にはっとしたように我に返り、戸惑いながら笑っていた。


「あ、ごめん……つい聞き惚れちゃって」


俺は唇を結んだ。


……そんなこと、言われたことなかった。


「……そう……か」


それしか言葉が出なかった。


沈黙が落ちる。


向こうも気まずそうにしている。


その時、タイミングよく朔が入ってくる。


「奏!そろそろ出るぞ!」


ほっとした。


「わかった」


そいつもほっとしたのがわかった。


俺は急いで荷物を手に取り、部屋を出ようとする。


その時、ふっと振り返ったのはただの気まぐれだった。


再び、目が合う。

揺れてる瞳が俺を見てる。

なのに、そこにはいないような儚さを含んで。


心臓を掴まれたような気持ちになった。


次の瞬間、腕を掴まれる。 


「待って……っ」


「え?」


思わず、口を開けたままそいつを見た。

慌てたように手を離す。


「何?」


自分でも、声がきつくなっているのはわかった。

でも、抑えられない。


そいつは必死で言葉を探しているように見えた。

少しの沈黙の後。


「……君の歌、もっと聞いてみたい……」


少し恥ずかしそうに、それでも言葉を選んだように、そう言った。


「は?」


珍しくぽかんとしてしまった。

何を言われているのか、よくわからなかった。


……なんだ?こいつ?


俺が戸惑っていると、朔が横から入ってくる。


「奏の歌声、いいだろ?」


そいつは即座に頷いた。

それから、一瞬だけ間を置いて。


「目、綺麗だね」


は?

意味わかんねぇんだけど。


「……夜みたいって思った」


朔は驚いたように息を呑み、俺を見た。


俺はぐっと唇を噛み締める。


何言ってんだって思った。

訳わかんねぇ、とも思った。


でも、そいつのその言葉がやけに深く感じて、柄にもなく照れくさくなった。


朔が俺を見てる。


「……いいよ」


少しだけ顔を逸らしながら、答える。

それだけで理解する。

朔はそういう奴だ。

朔が軽く溜め息を吐いた。


「俺は月城朔。こいつは夜宮奏」


そしてそのへんにあった紙に連絡先を書いていた。


「またここ来るからさ、一緒に演ってみような」


そう言って、紙きれをそいつに渡す。

大事そうに紙きれをポケットにしまい、そいつは嬉しそうに笑った。


その瞬間だけ、さっきまでの消えそうな存在感は失せていた。


「……ありがとう」


また、天使みてぇと思った。

再び、自嘲する。


俺はバカか?


「じゃあな」


朔がそう言って部屋を出る。

俺も後をついていく。


最後にもう一度だけ、軽く振り返る。


笑顔の消えたそいつは、最初のような消えそうな存在感で俺を見ていた。


……なんだ、あいつ。


少しだけ、苛立つ。


……変なやつ。


そう思ったのに、目が離せなかった。



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