後日談③(後編)
赤くなってるだろう顔を隠すように下を向いた。
その時――、
「俺以外の男見て、赤くなってんじゃねぇよ」
突然、透和が話に割り込んできた。
不機嫌そうな声で言われた内容に驚いて、顔を上げる。
「え!?これはちが……っ」
違う、と言い切る前にグイッと体を引き寄せられた。
そのまま透和の腕の中に抱き込まれて。
「っ!?ちょ、透和……!?」
うろたえる私にお構いなしに、透和は氷室くんを睨んでいた。
「カズ、話しかけんな」
「はいはい」
低く唸るような声の透和に、氷室くんは呆れたように肩を竦める。
その一方的な透和の威嚇に、戸惑いを隠せないでいると、
「何やってんのよ!奈夕を離しなさい!」
テーブル越しに立ち上がった小夏が、身を乗り出してきた。
「嫌だね。何だって俺がてめぇに指図されなくちゃならねぇんだよ」
「奈夕が嫌がってんでしょうが!」
「はっ、これは嫌がってるんじゃ――」
またしても始まる二人の口論。
今度はさっきまでの嘘くさい笑顔はなくなってるけど。
その分、内容がヒートアップしてる。
二人の口論――は、どちらかと言うと透和に分があるみたいだ。
小夏が言い負かされそうになってる。
劣性になってきたからか、別の理由からか。
小夏の怒りがだんだん大きくなってる気がする。
そしてその怒りの矛先は――、
「ちょっと奈夕!そもそもあんた何、無抵抗に抱きしめられてんのよ!?こいつがあんたに何したか分かってんの!?こいつは――っ」
私にも向いた。
それに苦笑いしつつ、
「うん、分かってるよ」
怒る小夏の言葉を、遮るように声を出す。
小夏が言いたいことは、分かってるつもりだ。
数か月前、透和は私を力に任せて強姦した。
そのことを、言ってくれてるんだと思う。
確かに、あの時は怖かった。
私の言葉を聞こうともしない、力ずくで愛のない行為に、心が引き裂かれた。
一時は、そんな事をした透和を許せないと思ったりもしてた。
でも、あの時は私にも悪いところがあった。
それに――、
仕方ないな、て。
思ってしまったんだ。
――「……俺は奈夕に謝らないといけない」
和解してマンションに戻った後、透和が言った。
――「悪かった。奈夕がどう思うかも良く考えずに、ただ自分の気持ちだけを優先して……、奈夕を傷付けた」
擦れた声で、辛そうに顔を俯かせて話してくれた。
そして、あの時の透和の気持ちを聞いて。
それなら仕方ないな、って。
そう思ってしまったんだ。
馬鹿なんだと思う。
どんな理由があろうと透和がしたことは強姦で。
簡単に許していいことではないのに。
別れようと言われて、頭が真っ白になってたんだ。
なんて理由で。
好きだから、別れたくなくて、そうする以外に繋ぎ止める方法が思い付かなかった。
なんて言われて嬉しくて。
――「ごめん」
その一言を聞く前に、既に心の中では許してしまってた。
――“好き”だから。
その言葉だけで。
たったそれだけで全部、許せてしまった。
それに私が許すと言った時、透和の目から一筋の雫が零れたんだ。
今は傲慢な態度で、何の反省もしてないように見えるかも知れないけど。
本当は、許した私を抱きしめる腕が震えるくらいに、安心して泣いてしまうくらいに、不安を抱えてたことを知ってるから。
だから――…。
「ごめんね?心配してくれてるのに。――でも、もういいんだ」
心配してくれてる小夏には悪いと思うけど、これが素直な気持ちだったから正直に話した。
小夏は、そんな私の言葉に何か言いかけて、でも、苦虫を噛んだように飲み込んだ。
そして。
「ほらな、奈夕がいいって言ってんだ。それを横からいちゃもん付けてくんじゃねぇよ」
私の言葉を聞いて勝ち誇ったように、透和が笑う。
「ちょっ、透和!煽るような事言わないで……!」
慌てて透和を止めるけど、時すでに遅く。
笑った透和に、せっかく落ち着きかけてた小夏の怒りが再燃した。
「奈夕がいいって言ってるからって……っ」
また口論が……、そう思った時。
「つーか、こいつらが元サヤに戻るようお膳立てしたの俺らなんだし今さらじゃね?」
小夏と透和の会話を断つように、氷室くんが口を挟んできた。
「っ、分かってるわよ!分かってるけど、目の前で見せ付けられるとムカつくのよ!」
その氷室くんの言葉に悔しそうに顔を歪めて反論する小夏。
小夏の意識が逸れたことにホッと息をつく。
けど。
それは一時しのぎにもならなかったらしい。
「奈夕、何が食べたいか決まったか?」
小夏のことなど知らないとばかりに、私に話しかけてくる透和。
ちなみに、私はさっきからずっと透和の腕の中だ。
だから当然――、
「だから、くっついてんじゃないわよ!離れなさいよ!ちょっと聞いてんの!?」
こうなるわけで。
煽る透和に、噛みつく小夏。
そして私は止めることも出来ずに苦笑いで。
「あーもう、勝手にやってろ」
そんな私たちを見て呆れたように言った氷室くんは、私の手元にあったメニュー表を奪って、近くを通りがかった店員を呼び止めた。




