第四話 「もう一つの目的」
戦闘奴隷のオークションが終わり、会場に短い休憩が入った。
落札者たちは係員とともに別室へ案内され、残った招待客たちは飲み物を片手に談笑を始めた。商人たちは互いに情報を交換し、次の競売に備えている。
舞台では係員たちが手早く準備を進めていた。
休憩時間でさえ、警備員の目は緩まない。
ヴェルマリスはアランのそばを離れず、耳に入ってくる会話に意識を向けていた。
「……次の入荷はいつになる?」
「まだ確定していない。条件に合う者が見つかり次第、連絡する」
「条件というのは?」
「自然に干渉できる能力だ。土壌でも水でも、植物でも構わない。土地の生産性を変えられる者なら、なおいい」
思わず、ヴェルマリスの指が止まった。
会話をしていたのは、先ほど戦闘奴隷に関心を示していた一団とは別の男たちだった。
彼らは壁際に立ち、周囲の会話に紛れるように声を落としている。
「ザイル王国からの依頼だ。普通の能力者では意味がない。実際に土地へ影響を与えられるデミゴットを探している」
「見つかる保証はないぞ。そういった血筋は数が少ない」
「だからこそ、見つけた者には相応の報酬を出す。国境を越えてでも探せとの話だ」
ヴェルマリスはグラスを口元へ運びながら、男たちの言葉を一つも聞き逃さないようにした。
ザイル王国。
自然に干渉できるデミゴット。
土地の生産性。
断片的な言葉が、頭の中でつながっていく。
男たちは周囲を気にするように声を落とし、そのまま人混みへと紛れていった。
ヴェルマリスは、すぐに通信具へ手を伸ばした。
『ジャン。新しい情報』
『どうぞ』
『ザイル王国は戦闘奴隷だけじゃなく、自然を操れるデミゴットも探してる。土壌や水、植物に影響を与えられる能力者だって』
通信の向こうで、ジャンが息を呑む気配がした。
『……戦闘奴隷とは別の目的で探している、ということですね』
『うん。少なくとも、同じ人材を集めようとしてるわけじゃなさそう』
『分かりました。こちらでも記録します。引き続き、依頼主と仲介人の関係を調べてください』
『了解』
通信を切ったヴェルマリスに、アランが飲み物を差し出した。
「はい、ヴェリ。ずいぶん真剣な顔をしていたね。少し休んだらどうだい?」
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いていたところです」
ヴェルマリスは笑顔でグラスを受け取った。
「そうかそうか。遠慮はいらないよ。君にはゆっくり楽しんでもらいたいからね」
「お気遣いありがとうございます、オルテガ様」
ヴェルマリスがグラスを手に取ると、アランは嬉しそうに笑い、その肩に腕を回した。
「今夜は君を連れてきて正解だったなあ。こうして隣にいてくれるだけで、ずいぶん楽しい」
そう言いながら、アランの手が背中を伝い、腰へと回る。さらには、隣に座るヴェルマリスの尻にまで、ためらいなく触れてきた。
――うわ、ほんっと遠慮ってものがないな、このおっさん。
ヴェルマリスは内心で盛大に顔をしかめたが、表情には出さなかった。それどころか、アランのほうへ少し身体を寄せ、柔らかく微笑んでみせる。
「そんなに気に入っていただけるとは、光栄です」
「ははは! 君は本当に可愛いねえ!」
アランはすっかり上機嫌だった。ヴェルマリスが自分に心を許し始めたのだと、都合よく解釈しているらしい。
――いや、別になんにも許してないけど。
とはいえ、この男に気に入られているのは悪いことばかりでもない。
機嫌を損ねない程度に相手をしてやれば、普段なら聞けない話を引き出せるかもしれない。そう考えたヴェルマリスは、ふと思いついたように舞台へ目を向けた。
「そういえば、オルテガ様は今回のオークションに何度も参加されているんですか?」
「ん? まあね。こういう場所には、普段お目にかかれない方々も集まるからねえ」
「へえ……。それなら、今回のような競りにも、何か決まった目的があるんでしょうか?」
何気ない質問を装いながら、ヴェルマリスはアランの反応をうかがった。
アランは少し考えるように顎を撫で、それから愉快そうに笑った。
「さあ、どうだろうねえ。人によって欲しいものは違うからね。君も気になるのかい?」
「ええ。せっかく連れてきていただいたので、少しでも勉強しておきたいなと思いまして」
ヴェルマリスは人懐こい笑顔を浮かべた。
――さあ、気分よく喋ってくれよ。こっちはそのために、わざわざ付き合ってやってるんだから。
アランはそんな内心など知る由もなく、ますます楽しげに口を開いた。
アランとの会話を続けながらも、意識の一部は先ほどの男たちへ向けられていた。
なぜ、ザイル王国は戦闘能力を持つ人間と、自然に干渉できるデミゴットの両方を求めているのか。
軍事力の強化と、それとは別の何か。
まだ全貌は見えない。
だが、単なる奴隷売買では片づけられない計画が動いていることだけは、確かだった。
### 書類調査班からの報告
その頃、会場から少し離れた商人の事務所では、書類調査班の二人が取引記録を調べていた。
机の上には、輸送記録や売買契約書が何冊も積み上がっている。
窓の外からは、競売会場のある方角を通る荷馬車の音が聞こえていた。
「……これ、見てくれ」
一人が帳簿の一ページを指さした。
「ザイル王国のスラム街出身者が、アラビアへ送られている」
「罪人として登録されている者ばかりだな」
「いや、全員じゃない。中には罪状の記載が曖昧な者もいる。そもそも、処分先が決まっていない段階で輸送が手配されている者までいるぞ」
二人は顔を見合わせた。
記録の日付を確かめる。輸送先を追う。別の帳簿と照らし合わせる。
調べるほど、記載の不自然さが浮かび上がってきた。
さらに記録を遡ると、アラビアへ送られた者たちの一部が、その後、別の奴隷商人へ引き渡されていた。
「ザイル王国からアラビアへ送り、そこから奴隷商人へ……?」
「わざわざ国境を越えている。最初から売買するつもりだったのか、それともアラビアを経由する理由があるのか」
帳簿には、エルビーナ王国やアラビア、ザイル王国のスラム街出身者が混在していた。
出身地も、罪状も、輸送経路も異なる。
それなのに、一部の取引には同じ仲介人の名が繰り返し記されていた。
「この記録、持ち帰ろう。現物を全部持ち出すのは危険だ。必要な箇所を控えて、原本は元の場所に戻す」
「了解。ジャンに報告する」
二人は慎重に資料を整理し、通信具へ手を伸ばした。
会場では、次の競売に向けて再び照明が明るくなり始めていた。
通信具の向こうから、ジャンの声が返ってきた。
『こちらジャン。報告を聞こう』
「帳簿に、ザイル王国からアラビアへ向かう輸送記録がありました。ただ、通常の交易とは別に、人の移送を示す記載も残っています」
『人の移送……奴隷のことですね』
「おそらく。詳しい内訳はまだ確認中です。もう一つ、自然に干渉する能力者について、複数の買い付け記録が見つかりました」
隣にいた隊員が、手元の書類を指で押さえた。
「特に土壌や植物に関係する能力への関心が高いようです。水に干渉する能力者についても記録があります」
『分かりました。その資料は原本を動かさず、必要な部分だけ記録してください。会場の人間に気づかれないように』
「了解」
通信を切ると、二人は再び帳簿へ目を落とした。
紙面には、取引相手の名前や移送先、金額が簡潔に記されている。その多くは符号や略称で書かれており、すべてを読み解くには時間がかかりそうだった。
「……これ、見てください」
隊員が一枚の記録を差し出した。
「ザイル王国からアラビアへ物資を送った記録です。食料の取引が何度も行われています」
「その下は?」
「同じ時期の、人員に関する記録です。詳細は伏せられていますが、別の取引先へ移送された形跡があります」
彼は眉を寄せた。
食料を送り、人を移送する。
一つひとつの記録だけなら、関係があるとは言い切れない。しかし、同じ取引先が繰り返し現れ、さらに能力者の買い付け記録まで重なるとなれば、偶然と片づけるには不自然だった。
「この一連の取引が、アラビアの食料問題と関係しているのかもしれません」
「断定はできません。でも、調べる価値はありそうですね」
二人は必要な箇所を書き留め、次の帳簿へと手を伸ばした。
*
一方、オークション会場では、次の出品が始まっていた。
ヴェルマリスはアランの後ろに立ち、壇上と客席を交互に観察していた。
先ほどから、特定の能力を持つ者が紹介されるたびに、同じ一団が反応している。金額を競り上げる者もいれば、出品者に能力の詳細を問いただす者もいた。
その中の一人が、隣に座る男へ身を寄せた。
「今回の候補は、どこまで使える?」
「まだ分からん。だが、ザイル側はかなり本気らしい。次の取引までに、必要な人材を揃えたいそうだ」
「アラビアの件か?」
「声が大きいぞ」
男は周囲を見回し、それ以上の話をやめた。
ヴェルマリスは表情を変えず、二人の様子を記憶に留めた。
――アラビア。
また、その名前だ。
先ほどの記録と、今の会話。別々に得た情報が、少しずつ重なり始めている。
「ヴェリ、少しこちらへ」
アランに呼ばれ、彼はすぐにそちらを向いた。
「はい」
「どうやら、あちらの方々はずいぶん熱心なようだね。何を探しているのか、気になるところだ」
アランは隣に座るヴェルマリスの方に腕を回し、手を尻に添えた。いまさら遠慮する様子もない。
ヴェルマリスは内心ではため息をつきながらも、
「そうですね。何かお探しのものがあるのかもしれません」
「君はどう思う?」
アランは機嫌よく笑い、ヴェルマリスを当たり前かのように引き寄せた。
ヴェルマリスは一瞬だけ考え、それから穏やかに答えた。
「僕にはまだ分かりません。でも、同じような能力を持つ人に何度も高い値がついているので、何か目的があるのかもしれませんね」
「なるほど。君はよく周りを見ているんだね」
アランは満足そうに笑った。
「護衛として当然ですから」
ヴェルマリスも笑顔を返す。
その言葉に嘘はない。
ただし、彼が守ろうとしているのはアランだけではなかった。
この場で何が行われ、誰が何を求めているのか。それを確かめ、仲間たちと無事に持ち帰ることも、今回の任務だった。
そのとき、通信具がかすかに震えた。
『ヴェルマリス、こちら監視班。ザイル王国の関係者と思われる二人が、会場の裏手へ移動しました』
『何か話していた?』
『断片的ですが、次の取引までに必要な能力者を確保する、という話が聞こえました。それと……』
通信の向こうで、報告する隊員が言葉を選ぶ気配がした。
『「楊に確認を取る」という言葉も出ています』
ヴェルマリスの目が、わずかに細くなった。
楊。
会場に入ったとき、知らない男から聞いた名前だ。
『その人物は、ザイル王国と関係があるの?』
『現時点では不明です。名前が出たこと以外、詳しい情報はありません』
『分かった。ジャンにも報告して』
『了解』
通信が途切れる。
ヴェルマリスは、すぐに表情を戻した。
楊という人物は、今回の取引に関係しているのだろうか。
それとも、単に誰かの知り合いにすぎないのか。
まだ判断するには情報が足りない。
だが、偶然にしては、気になる名前だった。




