↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
scorpion - 星々の世界 -  作者: すみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/18

第十三話 「再会」

 楊の屋敷に着くと、ヴェルマリスとジャンは客間へと通された。


「楊さん、連れてきました」


 案内役の男がそう告げると、奥から一人の青年が顔を出した。


「お客さんって、この二人ですか?」


 青年はそう言いながら客間へ入ってくる。長身で、すらりとした体つき。落ち着いた足取りに、どこか人懐こい笑みを浮かべていた。


「そうだ。リー、少し時間をもらえるか?」


「もちろんです。……その前に、楊さん。今日の仕事、これで全部ですよね?」


「おや、まだ何かあったかな?」


「その言い方、絶対まだありますよね?」


 リーが疑わしげに目を細めると、楊は楽しそうに笑った。


「話が早くて助かる」


「やっぱり! もう、あとでちゃんとお茶をご馳走してくださいよ。とっておきのやつ」


「わかった、約束しよう」


 いつもの調子で軽口を交わしながら、リーは客人へと視線を向けた。


 そして――その瞬間、笑みが止まった。


 目の前にいる少年。


 淡い髪色。見覚えのある顔立ち。記憶の中で何度も思い描いた姿より、ずっと大きくなっている。それでも、間違えるはずがなかった。


「……ヴェル?」


 思わず、声が漏れた。


 少年もまた、青年の顔を見つめていた。


 目を見開き、息を呑む。その表情が、ゆっくりと信じられないものを見たような驚きへ変わっていく。


「……リー、兄ちゃん?」


 その呼び声を聞いた途端、リーの中で張り詰めていた何かが切れた。


「ヴェル……!」


 信じたかった。ずっと会いたかった。けれど、目の前にいるのが本当に弟なのか、十年もの時間を隔てた今になって、どうしても確信が持てなかった。


 そんな迷いを吹き飛ばすように、ヴェルマリスが駆け寄ってくる。


「リー兄ちゃん!」


 リーは反射的に両腕を広げ、飛び込んできた弟を強く抱きしめた。


「……っ、ヴェル……! 本当に、お前なのか……!」


「そうだよ! 俺だよ、リー兄ちゃん!」


 ヴェルマリスもまた、リーの背中に腕を回した。離れたくないとでもいうように、ぎゅっと服を握りしめる。


「会いたかった……! ずっと、ずっと探してたんだ!」


「俺もだ……! 俺も、ずっと……!」


 リーは弟の頭に手を置き、何度もその髪を撫でた。顔を見て、肩を抱いて、確かめるように何度も名前を呼ぶ。


 もう二度と会えないかもしれないと思っていた。


 生きているのかさえわからなかった。


 それなのに、今、腕の中にいる。


「大きくなったな、ヴェル……」


「リー兄ちゃんだって、すっごく大きくなってる!」


 涙をこらえながら笑うヴェルマリスに、リーもようやく笑みを返した。


「ははっ、そりゃ十年も経てばな。……でも、そうか。お前、本当に生きてたんだな」


「うん!」


 ヴェルマリスは首元から、ずっと大切に持っていたネックレスを取り出した。


「これも、ちゃんと持ってたよ。リー兄ちゃんがくれたやつ!」


 それを見たリーの目が、また大きく見開かれる。


「……まだ持っててくれたのか」


「当たり前じゃん。大事なものだもん!」


 リーはネックレスにそっと触れ、それからもう一度、弟を抱きしめた。


「そっか……。ちゃんと、持っててくれたんだな」


 その声は、いつもの軽やかな調子とは違っていた。


 しばらく二人は離れなかった。


 ジャンも口を挟まず、ただ静かにその様子を見守っている。


 やがて、楊が小さく息を吐いた。


「……なるほど。お前がずっと探していた弟というのは、この子だったんだな」


 リーはヴェルマリスを抱いたまま、顔を上げた。


「はい、楊さん。……俺の弟です。ヴェルっていいます」


 リーはそう答えながら、隣にいる弟の肩を抱き寄せた。


 口にした途端、胸の奥が熱くなった。


 弟だ。


 ずっと探していた。もう一度会いたいと、何度も願った。けれど、十年という時間はあまりにも長く、記憶の中の小さな弟の姿は、いつしか遠い夢のようになっていた。


 生きているのか。どこかで苦しんでいないか。自分を覚えているのか。


 考えない日はなかった。


 それなのに、今、目の前にいる。


 自分の名前を呼んで、あの頃と同じように笑っている。


「ヴェル……そうか。お前がずっと探していた弟か」


「はい!」


 リーは、今度こそ迷いなく頷いた。


 声が少し震えたのを誤魔化すように、ヴェルの髪をくしゃりと撫でる。昔と同じ仕草だった。小さかった弟が嫌がって逃げると、追いかけて、また撫でて。そんな何でもない日々が、もう二度と戻らないと思っていた。


 ヴェルはくすぐったそうに笑ってから、ふと思い出したように顔を上げた。


「えっとね、リー兄ちゃん。実は今、俺の名前はヴェルマリスっていうんだ」


「……ヴェルマリス?」


 聞き慣れない名前を、リーはゆっくりと繰り返した。


 弟が自分の知らない名前を名乗っている。


 ほんの一瞬、胸の奥がちくりと痛んだ。


 自分がいない十年の間に、弟はたくさんのことを経験したのだろう。自分の知らない人と出会い、自分の知らない場所で暮らし、自分の知らない名前をもらった。


 その時間を、リーは一緒に過ごせなかった。


 もっと早く見つけていれば。あのとき、手を離さなければ。


 そんな思いが、ほんの一瞬だけ胸をよぎる。


 けれど、ヴェルの表情を見て、リーはその考えをそっと押し戻した。


「うん。セレナ様が名前をくれたんだ。だから今は、ヴェルマリス!」


 ヴェルは少し誇らしげに胸を張った。


 その顔には、昔と変わらない無邪気さがあった。けれど同時に、幼い頃にはなかった自信も見える。


 誰かが、この子を大切にしてくれたのだ。


 名前を与えて、居場所を与えて、生きていくための時間をつないでくれた。


 リーはようやく、心の底から息を吐いた。


「そっか……」


 声が、自然と柔らかくなる。


「いい名前をもらったんだな」


「でしょ? 俺も気に入ってる!」


 得意げに笑う弟を見て、リーも笑った。


 胸の奥に残る寂しさが、完全に消えたわけではない。失われた十年は戻らないし、聞きたいことも、知りたいことも山ほどある。


 それでも、今はそれでいいと思えた。


 弟は生きている。


 ちゃんと笑っている。


 そして、自分の知らない場所でも、誰かに大切にされてきた。


 それだけで、張り詰めていた心が少しずつほどけていく。


「ははっ、そうかそうか。……じゃあ、俺にとってはいつまでもヴェルだけど、ほかの人にはヴェルマリスって紹介すればいいんだな」


「うん! リー兄ちゃんは、今までどおりヴェルって呼んでよ!」


「もちろん。今さら変えられるわけないだろ?」


 リーはわざと昔と同じ調子で答えた。


 そうでもしなければ、また泣きそうだったから。


 ヴェルはそんな兄の胸元に頬を寄せ、安心しきったように笑った。


 その重みを感じながら、リーはそっと弟の頭を撫でる。


 もう、夢じゃない。


 手を伸ばしても届かなかった弟が、今はここにいる。


 今度こそ、もう一度会えた。


 リーはその事実を、何度も心の中で確かめるように、ヴェルを抱く腕に少しだけ力を込めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。