第十二話 「楊」
* * *
「楊さん、また仕事を増やしましたね?」
書類を抱えたリーが、執務机の前でわざとらしく肩を落とした。
「そうだったか?」
「そうですよ。昨日も同じことを言って、結局、夜まで私を付き合わせたじゃないですか」
「お前が手際よく片づけるから、つい頼りたくなるんだ」
「はいはい。そう言えば俺が断れないと思ってるでしょう」
リーは口では文句を言いながら、慣れた手つきで書類を机に並べていく。
楊はそんな彼を眺め、愉快そうに笑った。
「よくわかっているじゃないか」
「褒めても何も出ませんよ。……お茶くらいは出してもらいますけど」
「それなら、あとで一緒に飲もう。とっておきの茶葉がある」
「本当ですか? それ、前にも聞いた気がしますけど」
「前のものとは違う」
「へえ。じゃあ、期待しておきますね」
リーはにっと笑い、最後の書類を机に置いた。
身分の上では、リーは楊に仕える立場だ。けれど、二人の間にあるのは、命令する者と従う者という関係だけではない。楊はリーの軽口を咎めず、リーもまた、楊の前では必要以上にかしこまることがなかった。
「そういえば楊さん。明日はお客さんが来るんでしたっけ?」
「ああ。少し話しておきたい相手でな」
「へえ。楊さんがわざわざ会うなんて、珍しいですね。どんな人なんです?」
「エルビーナ王国から来る客だ」
「エルビーナ? またずいぶん遠くから来るんですね」
リーは意外そうに目を瞬かせた。
「それほどの距離を越えてまで、楊さんに会いたいなんて。よほど大きな商談でもあるんですか?」
「さてな。会ってみればわかるさ」
「なんですか、それ。俺にも教えてくれたっていいでしょうに」
「さてな。お前なら、すぐにわかるさ」
楊は意味ありげに笑った。
「……ますますわからないんですけど」
リーは怪訝そうに眉を寄せたものの、すぐに興味を失ったように肩をすくめた。
「まあ、いいですけど。どうせ商人か何かでしょう? 俺には関係なさそうですし」
「ははっ、そうかもしれんな」
楊は否定も肯定もせず、愉快そうに笑った。
リーは不思議そうに首を傾げたものの、それ以上は追及せず、空になった茶器を手に取った。
「それより楊さん。そろそろ仕事も片づきそうですし、今日は早く帰れますよね?」
「そうだな……どうだ、今夜は飲みに行くか?」
「えっ、飲みに?」
「ああ。久々に陳昊然のところにでも顔を出すか。あそこの酒も、しばらく飲んでいないからな」
「えー、またですか? 遊郭でしょう? 俺、ああいうところ苦手なんですよね……」
リーはあからさまに嫌そうな顔をした。
「どうしてだ? こないだは楽しんでいたじゃないか」
「いや、あれは楊さんが勝手に盛り上がってただけでしょう。俺は付き合わされていただけです」
「そうだったか? ずいぶん楽しそうに笑っていたと思うが」
「それは楊さんが酔っ払って変なことばっかり言うからですよ!」
リーがむっとして言い返すと、楊はとうとう声を上げて笑った。
「はははっ、そうかそうか。なら、今夜も俺を笑わせてくれ」
「話が通じてないんですけど……」
リーは呆れたようにため息をついた。
「それに、明日はお客さんが来るんでしょう? 飲みすぎて寝坊しても知りませんからね」
「心配してくれるのか?」
「違います。朝から私に仕事を押しつけられたら困るだけです」
「ははっ、わかった。明日はきちんと起きるさ」
「その言葉、信じていいんですかね……」
リーは疑わしげに楊を見つめた。
楊はそんな視線を気にする様子もなく、楽しそうに笑っていた。




