第九話 「調査結果」
オークションから戻った翌日。
ヴェルマリスたちは、集めた情報をもとに次の調査方針を話し合っていた。
ザイル王国が求めていたのは、単なる労働力ではなかった。戦闘奴隷として使える人間に加え、土壌や水、植物などに干渉する能力を持つ者も探していたらしい。
さらに、書類の調査によって、ザイル王国とアラビアの間で食料の取引が繰り返されていることも判明した。ザイル王国の貧民街から連れ出された人々がアラビアへ送られ、その後、奴隷商人へ引き渡されていた記録も残っていた。
「ザイルは、アラビアの食料事情を利用しているのかもしれませんね」
ジャンが机の上に広げた書類を指でなぞる。
「農地を豊かにできる能力者を集めているのも、食料の生産や流通を握るためだとすれば説明がつきます。アラビアがザイルに依存するほど、あちらの発言力は強くなる」
「食べ物を渡して、代わりに国の自由を奪うってこと?」
「可能性のひとつです。まだ断定はできませんが」
ヴェルマリスは椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
ザイル王国が何を企んでいるにせよ、奴隷商人たちがその計画に関わっている可能性は高い。競売の記録をさらに調べれば、奴隷商人たちの背後にいる者たちの手がかりも見つかるかもしれない。
ふと、ヴェルマリスは競売場での出来事を思い出した。
「そういえば、ひとつ気になることがあるんだよね」
「何ですか?」
「競売が始まる直前、俺に声をかけてきた男がいたんだ」
ヴェルマリスは、男が口にした言葉を思い返す。
『楊さん所の片腕クン』
「あの人、俺を誰かと間違えてたみたいなんだ。楊って人の片腕だとか、そんなことを言ってた」
「楊……ですか」
「うん。俺が誰のことか聞こうとしたら、オークションが始まっちゃってさ。そのまま聞けなかったんだ」
ヴェルマリスは机に身を乗り出した。
「その男について調べてほしい。リーシャン帝国の人間かもしれないし、楊って人のことも何か分かるかもしれない」
「分かりました。男の容姿や、ほかに覚えていることはありますか?」
「身なりはよかったよ。あと、俺の髪や肌の色、それに尾を見て、誰かと勘違いしたみたいだった」
「なるほど……。特徴から考えると、あなたに似た人物がリーシャン帝国にいる可能性がありますね」
「そういうこと。気になるでしょ?」
ヴェルマリスはにこりと笑った。
ジャンは少し考え、手元の書類に目を落とした。
「オークションに参加していた人物の記録と、リーシャン帝国から来ていた客の情報を照合してみます。楊という人物についても、商人や有力者とのつながりから調べてみましょう」
「お願い!」
ヴェルマリスは元気よく返事をした。
ジャンが書類をまとめ始めたところで、ふと、別の記録が目に入った。
十年ほど前、アラビアからリーシャン帝国へ移送された少年の記録。
名前や詳しい身元は確認できていない。けれど、その時期は、ヴェルマリスが兄たちと離れ離れになった頃と重なっていた。
ヴェルマリスはその記録を手に取った。
「……これも、もう少し詳しく調べられないかな」
「お兄さんたちのことですね」
「うん。まだ関係があるかは分からないけど……。もしリーシャン帝国に何か手がかりがあるなら、知っておきたいんだ」
ジャンは静かに頷いた。
「分かりました。オークションで声をかけてきた男の調査と並行して、こちらの記録も確認します。ただし、今の段階では結びつけず、別々の情報として扱いましょう」
「うん、分かってる」
ヴェルマリスは記録を見つめた。
偶然かもしれない。まったく関係のない人物かもしれない。
それでも、今まで見つからなかった手がかりが、少しずつ形になり始めている。
「……リーシャン帝国、行くことになるかもね」
「調査結果次第です。現地でしか確認できないことがあれば、派遣を検討しましょう」
「そっか。じゃあ、まずは調査結果待ちだね」
そう答えながらも、ヴェルマリスの心はすでに遠い異国へ向いていた。
楊という人物。そして、そのそばにいるという誰か。
まだ何ひとつ確かなことはない。
けれど、その小さな疑問が、十年越しの再会へつながるかもしれなかった。
* * *
それから数日後。
「お待たせしました。例の男について、いくつか分かったことがあります」
ジャンは数枚の書類を手に、ヴェルマリスの向かいに腰を下ろした。
「まず、オークション会場であなたに声をかけた男ですが、名前は陳昊然。リーシャン帝国の花街で、最高級の店を経営している人物です」
「陳昊然……。へえ、そんなに有名な人なんだ」
「商人や富裕層とのつながりが広く、店には帝国の有力者も出入りしているようです。オークションに姿を見せたのも、新しく店に迎える人間を探すためだったと考えられます」
ジャンは書類を一枚めくった。
「それから、隊長が聞いた『楊』という名前ですが、リーシャン帝国にいる裕福な人物を指している可能性があります。ただ、詳しい身元までは確認できていません」
「じゃあ、その陳昊然に聞けば、もっと分かるかもしれないってこと?」
「はい。彼があなたを誰と間違えたのか、そして、その人物が楊とどういう関係にあるのか。本人に聞けば、何か分かるかもしれません」
「よし。じゃあ、会いに行こう」
ヴェルマリスは迷いなく言った。
ジャンは予想していたのか、特に驚いた様子もなく頷いた。
「そのつもりで準備を進めています。ただ、ひとつ気をつけたいことがあります」
「なぁに?」
「陳昊然は、オークションであなたを見ています。こちらから訪ねれば、向こうもあなたの素性や目的を気にするはずです。話す内容は、事前に決めておきましょう」
「うーん……。別に、オークションのことを隠す必要はないんじゃない? あの場で会ったのは本当だし」
「オークションにいたことを隠す必要はありません。ただ、調査の目的まで話す必要もないでしょう」
「なるほど。じゃあ、楊って人のことが気になって、話を聞きに来たって感じかな」
「それなら不自然ではないでしょう。オークションにいた理由についても、説明できる範囲で整えておきます」
ヴェルマリスは満足そうに頷いた。
「うん、お願い!」
「今回は、まず陳昊然本人から話を聞きます。そのうえで必要なら、店の従業員や取引相手にも接触しましょう」
「分かった。まずは普通に会いに行くんだね」
「はい。余計な警戒を招かないように」
ジャンは書類をまとめ、最後にもう一枚を差し出した。
「出発は三日後を予定しています。同行する隊員も選んでおきますので、それまでに準備を済ませてください」
「了解!」
ヴェルマリスは書類を受け取り、目を通した。
リーシャン帝国。
あの男が自分を誰かと間違えた理由も、「楊」という人物の正体も、まだ分からない。
けれど、直接会って話を聞けば、何かつかめるかもしれない。
ヴェルマリスは、三日後の出発を待ち遠しく思いながら、書類を閉じた。




