6
週明け月曜日。
カケスはいつもより早く登校した。人気者のカケスに、みんなが声をかけてくる。それを適当にいなして、カケスは六角と共に教室に入ってきた神保に声をかけた。
「おはよう、六角くんに神保くん。神保くん、金曜は付き合ってくれてありがとう」
「あ、うん。おはよう」
六角も神保も、もごもごと挨拶する。人と目を合わせるのが苦手のようで、六角は右下、神保は左下に視線を流す。神保とは雪兎堂で結構話したので、仲良くなれたと思いきや土日でリセットされたみたいだ。
カケスはなるべく自然な声が出るよう意識しながら、
「雪兎堂のおばちゃんから、神保くんの忘れ物預かってきたんだけど」
そういって例の針入り封筒を渡した。
神保の身体に、一瞬緊張が走ったのを感じた。
「中、見た?」
「うん。針が入ってたけど、父ちゃんの服を繕ったりするの? 今時珍しいねって、おばちゃん褒めてたよ」
嘘をついても仕方がないので正直に言うと、
「あ、まあ……。うち、父子家庭だから……」
神保は少し力を抜いて、カケスの憶測に乗っかってくれた。こうして言葉にしてみると、やはりその説はおかしい。裁縫道具というものは、糸とセットで成り立つものだ。
しかし他に使い道があるだろうか? 身を守る武器としては、針はいかにも心許ない。
六角なら何か知っているかなと監察したが、ピンときていないようだった。ぽっちゃりとした色白な頬は、弛緩したまま何の変化も見られなかった。
「ふうん。偉いね。うちなんて、母ちゃんを含め誰も裁縫なんてできないけどね」
我が校で男子にも導入されている家庭科の授業で、カケスは2回も指に穴を空けた実績がある。
これ以上興味を示すと疑われそうなので、カケスは「今度は六角くんも行こうね、雪兎堂」と社交辞令を言って、席に戻った。少なくとも、神保のアパートで盗み聞きをしたことはバレていないようだった。少し安心する。
神保の顔に、殴られた後はなかった。やはりDVは、カケスの思い込みだったのだ。
いや、そうとも言えない。身体を避けて殴打したのかもしれない。バレないための工夫だと、不良漫画で読んだことがある。
カケスの神保に対する興味は尽きなかったが、リンを使えない以上、神保の謎については自分で調べるしかなかった。母が六角のことを言い当てた謎も含め。
「カケス、はよ~」
掛川が、眠そうな顔で声をかけてきた。本日も朝練だったようだ。スポーツ推薦は大変である。
「ねえ、かけっち。お掃除レンジャーと六角グループって、なんか関係あるの?」
ダメ元で物知りの掛川に聞いてみると、あっさりと謎を解いてくれた。
「お掃除レンジャーって、六角グループのカイシャやん」
「え? そうなの?」
「知らへんの? 製薬会社メインなのに家事代行もやってるって、超有名やん。カケス、お掃除レンジャーごっこしとるから、詳しいか思ってた。カケスって俺より頭ええのに、意外に何も知らへんよな」
お掃除レンジャーごっことは、ナイス命名である。放課後の掃除の時間に、ことあるごとに「レンジャー」と言い合ってるだけなのだが。
「そうなんだ」
カケスは思いを巡らせる。何となく母の推理の根拠は分かったが、まだ疑問は残っている。
「何? お掃除レンジャーがどうしたん?」
「いや、別に………」
いっそ掛川に全部話してしまおうかとも思ったが、カケスはためらった、先日の神保の親子げんかは尋常ではなかった。重めの秘密かもしれなかったので、うわさを広めるのは得策ではない気がする、掛川は「ふうん」と気のない返事をすると、眠そうな顔で入ってきた担任に気づいて席に着いた。
物知りだが、余計な詮索をしないのが掛川の良いところだ。
担任が眠そうな声で出欠を取る。カケスは神保の背中を見ながら、上の空で返事をする、気のせいか、その細い背中は、緊張で堅くなっている気がした。




