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「ねえ、母ちゃん。リンさん貸して」
自宅のダイニングルーム。食後のホットミルクを飲みながら、カケスは背中を向けて爪を磨いている母親に話しかけた。
「リンを? なんのために?」
「友達に怪しいやつがいてさ。そいつの素性を調べる」
ちなみにリンというのは、弁護士をやっている母専属の調査員である。ものすごく優秀で、大概の個人情報は3日と空けずに調べ上げてくる。その上ものすごい美人で、実は日本人ではないらしい。名前から行くと中国か台湾だが、金髪なので韓国っぽい気もする。たまに頭にスカーフを巻いているので、インドネシアかもしれない。今のところ正解は分かっていない。
「リンは高いわよ。あんた、今いくら持ってるの?」
「え~と、500円くらい?」
カケスが今月のお小遣い残額を伝えると、母は肩を怒らせてこちらを振り返った。
「なによ、それ? 管野と磯野のおじいちゃんおばあちゃんにもらったお年玉はどうしたのよ? しめて四万円、そのままあんたに渡したじゃないの!」
振り返った母は、歌舞伎のフェイスパックをつけていた。怖い。多分パックをとっても、同じような顔をしているだろうが。
「そんなの、今時半年も持たないよ。電車通学してるんだよ? お小遣いだって五千円しかもらってないし、買い食いしたら秒でなくなるよ」
「定期代も学費も文房具代も、全部出してあげてるじゃないの。お昼は給食だし、朝夕家で食べれば、買い食いの必要なんてないでしょう?」
「家でって、コンビニ弁当と菓子パンとバナナの三択じゃん。外食の方が、まだ栄養バランスがいいよ。正直、父ちゃんに現物支給されている小説売って、何とか食いつないでるんだよ」
「なんですって? この親不孝者」
母は顔からシートパックを剥がし、カケスに投げつけてきた。歌舞伎の隈取りより、よっぽど怖い顔をしている。
「悪かったってば。ねえ、頼むよ。母ちゃんのコネで、リンさんに頼んでくれない? DVかもしれないんだし」
「DV?」
「そう。そいつ父子家庭で父ちゃんがお掃除レンジャーなんだけど。いじめられっ子と仲良くしてるからクラスでハブられてて、地味かと思いきや結構できるやつなんだけど、それを隠して普段は何もできないふりしてて、でも耐えられなくなって父ちゃんに反抗して、そんでブチ切れられてるの見ちゃったんだよ。暴力も振るわれてるっぽい」
「なによそれ。一ミリも意味わかんないわね。雅ちゃんがそんな説明してきたら、即刻クビにするところよ」
雅ちゃんは、母の法律事務所の事務員である。
「頼むってば~。今時暴力はダメでしょう。DVじゃないの? ねえ、学校にチクった方がいいかな」
「そうやって男の子は、強くなっていくものよ。うちも教育方針、真似しようかしら」
「やめてよ。そんなことしたら、弁護士会にリークするからね。それか、児童相談所に駆け込む」
「やってみなさいよ。私を誰だと思っているの? 超絶優秀な弁護士よ、法廷で戦おうっていうなら、受けて立つわよ。まあ、あんたは未成年だから、法定代理人が私っていう矛盾が生じるけど」
頭に巻いたタオルを外すと、母の豊かな巻髪が胸元に落ちた。バスローブから溢れそうな豊かなバストは、息子でなければ直視できないほどのいかがわしさだ。
母に口論で勝とうとした自分が間違っていたとカケスは反省する。
もう夜も更けてきたので、諦めて寝ることにした。マグカップをキッチンに運び、濯いで洗いかごに入れる。しつけがいいと良く大人に褒められるのだが、母がほぼ家事をしないので、自然に身についた習慣である。
暴力に訴えなくても、子供は勝手に育つのだ。
「あ~あ。気になるんだよな~。コーカモノっていう謎ワードも」
「コーカモノ?」
母は洗い物をした息子を褒めるでもなく、大きな目でこちらを睨んだ。いつもの濃厚メイクは落とされているが、睫毛バサバサなので十分濃い顔をしている。
「カケス、その子の名前は?」
「名前? 神保くん。神保福士。え、もしかして有名人?」
母は黙った。
それから「ふんっ」と鼻で息を吐く。
「父親が、お掃除レンジャーって言ってたわよね。もしかして彼が守っているお友達は、六角グループと関係があるかしら?」
「え? なんで分かるの? もしかして、テレパシーでリンさんに調査依頼した?」
「そんなわけないでしょう?」
母は苦笑した。それから、ひらひらと手を振る。
「まあ何にせよ、あんたが関わるこっちゃないわ。もし家庭内暴力がひどくなりそうだったら、多少は相談に乗ってあげてもいいけど、まず問題ないわね。じゃあ、おやすみなさい。ママはお肌のために、もう寝るから」
そう宣言すると、母は自室に消えていった。何故六角のことを見抜いたのか、その疑問は置き去りに。




