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7/20

第7話 ご一緒にいかがですか?

夜明けのベーカリー裏。

手押し車の奥に隠したブリキ缶を開け、冷え切った指先で硬貨を数え直す。


チャリン、チャリン、と澄んだ金属音が鳴り響く。

十セント銀貨、大口径の五十セント銀貨、そして鈍く光る一ドル銀貨。


昨夜の百五十食は見事に完売した。

原価を差し引き、積み上がった純利益は十三ドル。

初日の残金と合わせ、手持ちの総資金は二十一ドル八十セントに達していた。


「……二十ドルを突破したか」

金鉱夫が暗黒の坑道で、泥水をすすりながら半月以上働いてようやく手にする大金だ。

それを、追放された十八歳の少年がわずか二日で稼ぎ出した。


だが、俺の頭の中に浮かれた気分など微塵もない。

(もう、スクラップヤードでゴミを漁る段階は終わった)

手元に十分なキャッシュ(運転資金)があるなら、金を使って時間と精度を買う。設備投資の鉄則だ。


ボロ鉄のガタつきで作業動線を滞らせたり、粗悪な道具で仕込みを失敗したりするリスクは、金で完全に排除する。

今夜のサルーンとの勝負に、一秒のロスも許されない。


「オットー、出かけてくる。今日も裏を使わせてもらうぞ」

「……好きにしな。銀貨を落としていく客なら大歓迎だ」


工房の奥から返ってきた親父の声を背に、俺は足早に目抜き通りへと向かった。

訪れたのは、駅前通りに店を構える金物屋(ハードウェア・ストア)だ。


煤けた店内には、開拓者たちが必要とする頑丈な鉄製品がずらりと並んでいる。

「いらっしゃい。……なんだ坊主、冷やかしならとっとと出ていきな」


カウンターの奥から、煙草をくわえた頑固そうな店主が煙たそうに目を細めた。

俺は一歩も引かず、店内を鋭く見渡し、必要な器具を指差した。


「そこの焼き入れされた厚底の鋳鉄深鍋(ダッチオーブン)を一つ。

それから、油切りの金網バスケット。

あと――頑丈な角材フレームに張られた、目の詰まった格子状の鉄網(グリッド)だ」

「あぁん? そいつらは全部新品だぞ。二ドル以上するんだ、ガキの小遣いで買える代物じゃ――」


――ジャラリ。

俺は言葉を挟む代わりに、ポケットから二ドル五十セント分の銀貨を取り出し、カウンターの木板へ叩きつけた。


鈍く重い銀の光が、埃っぽい店内にギラリと反射する。

店主の煙草が、ぽろりと灰を落とした。


「……釣りはいらない。今すぐ全部包んでくれ」

「へ、へい……! まいどあり!」


店主の態度が一瞬で百八十度裏返る。

道具に払う二ドル五十セントなど、今夜の勝負ですぐに回収できる。


そのまま市場へ走り、農民のワゴンから泥だらけのジャガイモが詰まった大袋(五十ポンド)を五十セントで買い叩く。


さらに解体場へ飛び込み、ドノバンの親父から冷えたケンネ脂を十五ポンド、一ドルで仕入れた。


(ジャガイモ一食分の原価は、わずか一セント未満。

これを五セントで売るだけで、粗利益率は驚異の八〇パーセント超えだ……!)


原価率が極めて低く、客の胃袋と喉を爆速で満たすサイドメニュー。

ポテトこそが、現代ファストフードチェーンを世界的帝国へ押し上げた真のドル箱だ。


ベーカリーの裏庭へ戻り、仕込みの第二段階へ入る。

手押し車の薪ストーブ脇に、買ってきたばかりの鋳鉄深鍋をがっちりと固定。


これで12ミリの極厚鉄板と、油を湛える揚げ鍋のハイブリッド屋台が完成した。

だが、最大の問題はポテトのカット工程だ。

五十ポンドものイモを、包丁で一本ずつ拍子木切り(スティック状)に刻むなどという狂気の非効率は論外だ。


そんなことをしていれば、夕方までに腕が死んでしまう。

(わざわざ専用のスライサーを作る必要すらない。

すでに手押し車には、最強の動力が据え付けられているんだからな)


俺は冷たい水を入れた木桶の上に、買ってきた鉄網フレームをしっかりと固定した。

刃のようにエッジの立った強靭な鉄の格子。

その真上へ、泥を洗い落とした大振りのジャガイモをコロンと置く。


そして――。

手押し車のテコ式スマッシャーの長いオーク材レバーを握り、真下へ一気に叩き下ろした。

――ガシャンッッッ!!!


乾いた凄まじい衝撃音が裏庭に木霊した。

鋳鉄塊の自重。そこにテコの原理による数十倍の圧力が加わり、イモを真上から容赦なく押し潰す。


ブシュッ! と弾けるような音を立て、硬いジャガイモが一瞬にして鉄網の格子を突き抜けた。

バラバラバラッ!


均一な太さの美しい拍子木切りとなったポテトが、下の水桶へと音を立てて雪崩れ落ちていく。

わずか一秒。

包丁なら何十秒もかかるカットが、レバーを片手で一押しするだけで完了した。


「……完璧だ」


ガシャン! ガシャン! ガシャン!

軽快なリズムでレバーを振り下ろすたび、瞬く間に大量のスティックポテトが水桶を満たしていく。


だが、ここからが本当の勝負だ。

ジャガイモをただ切って揚げるだけでは、フニャフニャで脂っこい失敗作になる。


「まずは、表面のデンプンを徹底的に洗い流す……」

冷水の中でポテトを激しく掻き回す。

水が白く濁っていく。


余分なデンプンを洗い落とすことで、揚げた時の不快な焦げ付きを防ぎ、驚異的なカリカリ感を生み出す土台を作るのだ。


水気を完全に拭き取った後、俺は深鍋に火を入れた。

放り込んだのは、植物油ではない。

解体場から仕入れた、純度一〇〇パーセントの牛脂(ビーフ・タロー)の巨大な塊だ。


熱された鋳鉄鍋の中で、白い脂がジュワジュワと透明な黄金色の油海へと変わっていく。

(揚げる工程は、絶対に『二度揚げ』だ)


まずは低温(約百五十度)の牛脂でじっくりと下茹で揚げ(ブランチング)。

ポテトの中心部にあるデンプンを均一に糊化(α化)させ、ホクホクの状態に仕上げてから、金網バスケットで一度引き上げる。


余熱で火を通し、内部の水分を安定させる。

こうして仕込んでおけば、本番の夜は高温の牛脂にわずか数十秒くぐらせるだけで、外側は凶悪なまでにカリッカリ、中はトロリと熱々のポテトを秒速で提供できる。


仕込みの合間、俺は下揚げを終えたポテトの一掴みを、高温の牛脂へ放り込んだ。試し揚げだ。



――シュワワワワワワッッッ!!

激しい泡立ちとともに、裏庭の凍てつく空気が一変した。

立ち上る油煙。


植物油の軽い匂いとはまるで違う、牛脂特有の甘く重厚で、脳髄を直接揺さぶるような凶悪な肉の香気が爆発する。


黄金色に色づいたポテトを引き上げ、粗挽きの岩塩をこれでもかと豪快に振りかける。

一本、指でつまんで口へ放り込んだ。


――ガリッ、サクッ……!

凄まじい食感だった。

牛脂で揚げ固められた外殻が小気味よく砕け散り、中からアツアツでクリーミーなジャガイモの甘みが溢れ出す。


そして、間髪をいれずに襲いかかる、舌が痺れるほどの強烈な塩気。

咀嚼するたびに、牛脂の圧倒的な動物性のコクが口いっぱいに広がり、胃袋を容赦なく刺激する。


(……これだ)

思わず喉が鳴った。

唾液が洪水のように溢れ出し、猛烈な勢いで喉の奥が渇きを訴え始める。


塩分、脂、糖質。

人間が本能的に抗えない三大要素の完全なる結晶。

(これを食って、酒を煽らずにいられる人間がいたら……ぜひお目にかかりたいもんだな)


夕暮れ時。

西のロッキー山脈の稜線が、血のような赤紫に染まり始める。

手押し車の上には、下揚げを完了させた山のようなポテト。


成形済みのパティボール、そしてオットーから仕入れた百五十個の丸パン。

改造を終えた手押し車の車輪を軋ませ、俺は駅前の目抜き通りへと歩みを進めた。


通りの向こう。

サルーンの軒先、ガス灯の薄暗い明かりの下に、見覚えのある巨躯が立っていた。


革ベストの胸元に銀のチェーン。

腰には使い込まれた大口径リボルバー。

顔に真一文字の傷を持つ用心棒のリーダー――ガスだ。


二人の部下を従え、腕組みをした大男の濁った瞳が、手押し車を押してやってくる俺を捉えた。

ズシリ、ズシリと重い足音を響かせ、ガスが路地の真ん中へ歩み出てくる。


「約束通り、見せてもらおうか小僧。

……もし口先だけのハッタリなら、その薄汚れた屋台ごとミンチにしてやるぜ」


ドスの利いた脅迫。

だが、俺の心臓は驚くほど静かに脈打っていた。

手押し車の薪に火を放ち、鋳鉄鍋の牛脂を溶かしながら、俺は不敵に口元を吊り上げた。


「胃薬の心配でもしておけ。――今夜、あんたらのサルーンの酒を全部空にしてやるよ」


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