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第6話 客寄せ

ジューッ、と鉄板の縁で唾が泡を吹いて蒸発した。

顔に真一文字の傷を刻んだ大男――ガスが、腰のホルスターに収まった大口径リボルバーのグリップに分厚い掌を乗せる。


「うちのサルーンの客を奪うんじゃねえよ、小僧。

ここで手押し車を転がし続けたいなら……今夜の売上、全部置いていきな」

背後の二人の用心棒が下品な笑みを浮かべ、拳を鳴らす。


周囲を取り囲んでいた三十人以上の鉱夫たちが、ゴクリと唾を呑んで息を潜めた。

誰もが思っているはずだ。


親父に捨てられた腰抜けの息子が、再び恐怖で小便を漏らし、泣き叫んで這いつくばるのだと。


(なるほどな。サルーンの客を奪われたと勘違いしたわけだ。

だが、喧嘩をする必要なんてどこにもない)


飲食ビジネスの基本は、奪い合いじゃない。

『クロスセル』――相乗効果による客単価の吊り上げだ。

俺はガスの脅しに眉一つ動かさず、無言で牛脂の塊を掴んだ。


「あぁん? おい小僧、聞いてんのか――」

――ジュバァッッッ!!

白い煙が爆発した。


200度を超えた12ミリ極厚鋳鉄板に牛脂が叩きつけられ、暴力的な脂の甘い香りが、ガスの顔面を真っ向から呑み込む。


「なっ……!?」

怯んだガスの目の前で、俺は丸めたパティボールを鉄板の中央へ無造作に放り落とした。

そして、新設したオーク材のレバーを握り、真下へと一気に引き下ろす。


――ドゴォンッッッ!!!

乾いた銃声のような重低音が、路地裏の空気を震わせた。

テコの原理。

先端に取り付けた七ポンドの鋳鉄蓋が、自重とレバーの倍率を乗せて肉塊へ叩きつけられる。


全体重をかける必要すらない。

片手のひと引きで、肉塊は一瞬にして均一な極薄パティへと叩き潰された。


ジュワアアアアッッッ!!

鼓膜を劈く肉の絶叫とともに、猛烈な肉汁の蒸気が吹き上がる。

わずか数十秒。


反転させたパティの上に、牛脂でカリカリに揚げ焼きにした丸パンを重ねる。

包み紙に滑り込ませた熱々の塊を、俺はガスの胸元へ無造作に突き出した。


「文句は、これを胃袋に放り込んでから言え」

「……なめてんのか、ガキが」


ガスはドスの利いた声で唸った。

だが、その鼻腔を、紙の隙間から立ち上る凶悪な肉汁の香りが容赦なく焼き尽くしていた。


胃袋が抗いきれず、グウッと情けない音を立てる。

苛立ちを紛らわすように、大男はバーガーを力任せに奪い取り、大口を開けてかぶりついた。


――サクッ。

軽快な破裂音が鳴り響く。

直後、ガスの獰猛な目が、信じられないほど見開かれた。


「…………ッ!?」

押し潰されたパティのカリカリの焦げ目から、熱々の肉汁が濁流となって雪崩れ込む。

噛み締めるたびに解けるスネ肉の濃厚な赤身のコク。


舌の上でトロリと溶けるケンネ脂の暴力的な甘み。

それらをガツンと引き締める粗塩と、鼻腔を突き抜ける黒胡椒の鮮烈な刺激。


(な、なんだこれ……っ!? う、美味すぎる……ッ!)

ガスの喉仏が狂ったように上下した。

リボルバーに置いていた手はいつの間にか両手になり、服が汚れるのも構わず、獣のようにバーガーへ食らいついていく。


背後の二人の用心棒が、ゴクリと激しく喉を鳴らした。

最後の一口を飲み込み、包み紙についた脂を見つめて放心する大男へ、俺は冷徹に言葉を投げかけた。


「客を奪い合ってる? 冗談言うなよ。

俺のバーガーは、あんたらの酒場で安酒を何杯も煽らせるための最高の相棒だ」


「……なに?」

俺は鉄板の上の肉汁をヘラで指した。


「極限まで引き出された肉の旨味、濃厚な牛脂、そして強烈な塩気だ。

これを胃袋に入れた男の喉は、砂漠みたいにカラカラに渇くんだよ。

この脂を喉の奥へ流し込むために、男たちはあんたらの店へ駆け込み、ウィスキーやエールをいつもの倍は頼むことになる」


ガスの瞳の奥で、チンピラとしての計算が急速に回り始めるのが見えた。


「俺の屋台は、あんたらの店の客寄せ(アペタイザー)だ。

ここで胃袋を満たした客を、そのままあんたらのサルーンへ送り込んでやる。

みかじめ料なんてケチな小銭を巻き上げるより、酒の売上が跳ね上がった方がよっぽど儲かるだろ」


ガスは言葉を失い、唾を飲み込んだ。

俺はそこで、さらに口角を吊り上げた。


「近いうちに、もう一品投入する。

牛脂を極限まで使った――ひと口かじれば、喉が焼き切れるほど酒を欲しがる悪魔のつまみだ」

「……悪魔の、つまみだと?」

「明日見せてやるから、今日は引け」


俺は揺るぎない眼光で、大男の目を射抜いた。

ガスはしばらく俺を睨みつけていたが、やがてその口元に、下卑た笑みがじわりと広がった。


「……どんなもんか、おもしれえ。客寄せにならなかったら承知しねえぜ」


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― 新着の感想 ―
うーん、まあフィクションっちゃフィクションなんだけど流石に現代の歴史の話なのにリアリティが、、茶番を見せられてる気分
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