第8話 悪魔的ループ
サルーンの軒先で腕を組み、俺――ガスは、冷え込む夕闇の中で手押し車に火を入れるガキを睨みつけていた。
レオ・カーター。
保安官の親父に捨てられた、泣き虫の腰抜け息子。
昨夜あいつが食わせた肉の化け物――あのバーガーの凶悪な美味さは、認めざるを得なかった。
だが、「酒を狂ったように煽らせる悪魔のつまみ」だと?
ハッ、笑わせるぜ。
酒ってのは、男が仕事帰りにチビチビと煽るもんだ。つまみ一つで酒の出数が倍になるなんて話、聞いたこともねえ。
「……おい、親分。本当にあんなガキの言うこと信じるんですかい?」
背後で手下の二人が、腰のリボルバーをチャチと鳴らして囁く。
「信じるわけねえだろ。ハッタリなら、あの屋台ごと叩き潰して身ぐるみ剥ぐまでだ」
俺は親指を銃の撃鉄に引っかけ、ズシリと重い足取りで屋台へと歩み寄った。
手押し車を覗き込むと、昨日とは明らかに様子が違っていた。
鉄板の脇に、見たこともない深底の鉄鍋が据え付けられている。
その中で、なみなみと注がれた純白の牛脂が、薪の炎に煽られて透明な黄金色へと煮えたぎっていた。
レオは俺の接近に眉一つ動かさず、荷台の木箱から何かを取り出した。
白っぽく下茹でされた、細長いスティックの山。
「……ああん? なんだその黄色い木の削りカスみたいなモンは」
俺が吐き捨てた言葉を、ガキは完全に無視した。
手にした針金カゴいっぱいにその白い棒をすくい上げると、煮え滾る牛脂の海へ豪快に沈める。
――シュワアアアアアアッッッ!!!
鼓膜を突き刺すような、激しい油の爆ぜる音が炸裂した。
直後、立ち上る白煙が夜風に乗り、俺の顔面を真っ向から直撃する。
「なっ……!?」
思わず息を呑んだ。
なんだ、この匂いは。
昨日の肉が焦げる匂いとも違う。
甘く、重厚で、香ばしい牛脂の濃密な蒸気。
それが、油の中でカリカリに揚げ固められていく炭水化物の甘みと混ざり合い、凶悪な熱波となって鼻腔を貫く。
匂いだけで、喉の奥がごくりと鳴った。
わずか数十秒。
レオが針金カゴを一気に引き上げる。
ジャーッ、と油を切る音とともに現れたのは、眩いばかりの黄金に輝くカリカリのスティックだった。
レオはそれを浅い木箱へぶちまけると、親指ほどもある粗挽きの岩塩を、親の仇と言わんばかりの量で豪快に振り撒いた。
ザクザクと箱を煽り、塩を全体に纏わせる。
そして、丸めた油紙の筒に山盛りに突っ込み、湯気を噴き上げる熱々の包みを、俺の胸元へ無造作に押し付けてきた。
「文句を言う前に、手づかみで口に放り込め」
「……熱っ!?」
受け取った瞬間、指先を火傷しそうな熱気が油紙を突き抜けて伝わってきた。
立ち上る湯気が、獣のような脂の匂いを撒き散らしている。
毒づいてやろうと思った。
だが、指先にねっとりとまとわりつく牛脂と塩の香りに、頭の芯が痺れて抗えない。
俺は黄金の棒を一本、乱暴につまみ上げると、大口を開けて放り込んだ。
――カリッ、サクゥッ!!
前歯が触れた瞬間、頭蓋骨を揺るがすような軽快な破裂音が鳴り響いた。
「――――ッ!?」
なんだ、この食感は。
牛脂で揚げ固められた極薄の外殻が、小気味よく砕け散る。
直後、中から溢れ出してきたのは、まるで丁寧に裏漉しされたかのように滑らかな、アツアツのジャガイモの甘みだった。
ホクホクで、トロリとしていて、口の中で一瞬で溶けていく。
そして――舌の上に容赦なく雪崩れ込んでくる、暴力的なまでの牛脂のコクと、舌を痺れさせるほどの強烈な塩気!
(う、うめえ……! なんだこれ、外はサックサクで、中が熱くてトロけてやがる……ッ!)
信じられない。
イモが、なんでこんな凶暴な化け物になるんだ?
止まらない。
熱さも構わず、俺は二本、三本と指で掴み、狂ったように口へ放り込んだ。
指先は油と塩でギトギトになり、唇が熱い脂でテラテラと光る。
ガリッ、サクッ、トロッ。
脳の奥にある理性のストッパーが、一口ごとに弾け飛んでいく。
だが――半分ほどを貪り食った、その瞬間だった。
「……っ!?」
喉の奥に、かつて経験したことのない強烈な『異変』が起きた。
舌を覆い尽くす、濃厚な牛脂の重厚な油膜。
そして、過剰なまでに刷り込まれた強烈な岩塩の刺激。
それらが喉の粘膜にへばりつき、食道と胃袋が、焼け付くような悲鳴を上げ始めたのだ。
渇く。
猛烈に、死ぬほど喉が渇く。
身体中の全細胞が、この脂と塩を洗い流すための、冷たい水分を求めて狂い叫んでいる。
「がっ……ッ、喉が……乾く……!おい!誰か……冷えたビールを持ってこいッ!!」
俺の怒鳴り声に慌てた手下が、サルーンの扉を蹴破って飛び出していった。
数秒後、白く泡立つ分厚いガラスジョッキが、俺の手のひらに押し付けられる。
地下の氷室から引き抜かれたばかりの、冷え切った生ビール。
俺はジョッキを口へ押し当て、一気に喉を鳴らして呷った。
――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァッッッ!!!
「…………っあああぁぁぁッッ!!」
凄まじい衝撃だった。
氷点下の夜気でキンキンに冷えたビールの強烈な苦味と、弾ける炭酸。
それが喉を通った瞬間、こびりついていた牛脂の重たい油膜を、まるで爆薬のように一瞬で弾き飛ばし、綺麗さっぱり洗い流していった。
油が消え去り、極限まで爽快にリセットされた口内。
だが――その直後だった。
綺麗になった舌の上に、さっきの【カリカリの食感】と【強烈な塩気】への渇望が、何倍もの狂気となって舞い戻ってきたのだ。
気づけば、俺の右手は勝手に動いていた。
油紙の底に残っていたポテトを鷲掴みにし、再び口へ放り込む。
カリッ、サクッ、ジュワッ。
広がる脂の甘みと強烈な塩気。
そして、再び焼け付くように渇く喉。
ゴクッ、ゴクッ、プハァッ!
ビールが喉を駆け抜け、胃袋へと落ちていく。
止まらない。
ポテトを食えば、ビールが狂おしいほど欲しくなる。
ビールを飲んで口が洗われれば、またあの黄金のポテトを貪り食いたくなる。
終わらない。
食って、飲んで、また食って、また飲む。
(なんなんだよ、これ……ッ!
こいつは飯じゃねえ……酒を胃袋に流し込ませるための、悪魔の罠じゃねえか……!!)
空になったジョッキを見つめ、俺は手押し車の前で腕を組むレオを見上げた。
少年の唇が、夜の闇の中で冷徹に吊り上がっている。
すべては、このガキの計算通りだったのだ。
俺の背筋に、ゾクゾクとするような悪寒と熱狂が走った。
「てめえ……本当に悪魔だな。……これなら、うちの酒樽が全部空になるぞ」
俺は油まみれの口元を手の甲で乱暴に拭うと、振り返り、路地にたむろしていた鉱夫どもへ向けて空のジョッキを高く掲げた。
「おい、てめえら!! 耳の穴かっぽじってよく聞きやがれッ!!」
三十人以上の荒くれ者たちが、びくりと肩を跳ねさせてこちらを見る。
「今夜は肉だけじゃねえ! この『黄金の棒』も絶対に袋ごと買っていけ!そんで、うちのサルーンの冷えたビールで喉に流し込んでみろ!ブッ飛ぶぜ!……飛ばねえ奴がいたら、俺がテキーラを一杯奢ってやるッ!!」
その一言が、導火線に火をつけた。
「おい、ガスがそこまで言うのか!?」
「俺にもそのイモを寄越せ! 肉と両方だ!」
「銀貨ならある、早くしてくれ! 奥の席を取っとけよ!」
飢えた獣たちが、狂乱の声を上げて手押し車へ殺到する。
肉を潰す重低音、油の爆ぜる轟音、そして両手にバーガーとポテトを抱えて酒場へ雪崩れ込んでいく男たちの足音。
俺は脂の染みた紙包みを握りしめ、自分たちのサルーンが、そしてこの街の胃袋が、この十八歳の少年に完全に呑み込まれていく光景を、震えながら見つめていた。
ジャンクフード2作目はフレンチフライでした。
今後もカロリー高めの物語を書き上げていきます!
星で応援を是非よろしくお願いします!
皆さんの好きなジャンクフード出して欲しいもの
あれば是非コメントで教えてください!




