第21話 ほとばしれ!〇〇〇〇ソーダ
肺の奥までこびりついた黒い粉塵を吐き出す。
十二時間。地底の熱気と酸欠の中でツルハシを振り続けた俺の腕は、柄を握りしめた形のまま強張って開かない。
汗と泥にまみれた作業着が、重く肩にのしかかる。
喉はひび割れ、胃袋は痙攣するように引きつっている。
どうしようもなく乾いている。
腰の水筒に手をやれば物理的な渇きは癒せる。だがそうではない。一週間の労働で、俺の脳も身体も、もっと根源的なものを求めて飢え切っていた。
旧街道の合流点まで下山してきたとき、冷たい風が鼻先を掠めた。
胃袋を直接掴まれるような脂の匂い。
無意識に匂いの元へ歩みを早めていた。
匂いの元は、見慣れない手押し車。
真っ白な服を着た少年が、分厚い鉄板に挽肉を放り込み、手元の木製レバーを片手で押し下げる。
ガシャンッ! と重い金属音が響き、テコの原理で叩き落とされた鉄塊が肉を平らに押し潰した。
ジュウウウッ、と爆発音が轟き、視界が白煙に包まれた。
気がつけばポケットの小銭を握りしめ、木箱へ叩きつけていた。
俺の手には熱を帯びた紙包みが握らされている。
包みを開き、本能のままかぶりつく。
サクッ!
牛脂を吸ったパンが割れ、表面が黒焦げになる寸前まで焼かれた肉の断面から、熱い肉汁が溢れ出す。
口内に広がる強い塩気と、赤身の濃厚な血の味。
声も出さず、肉を噛みちぎった。
さらに、紙包みに添えられた黄金色の棒きれ――牛脂でカリッと揚げられた芋を鷲掴みにして口へ放り込む。
舌がヒリつくほどの塩気。
表面はサクッと砕け、中からホクホクとした熱い芋の甘みが溶け出す。
肉、芋、肉。
油と塩の奔流が、擦り減った命の火を燃え上がらせるようだ。美味すぎる。
だが、無我夢中で貪り食った直後。
大量に摂取した塩と脂が、体内のなけなしの水分を根こそぎ奪っていく。
「み、水……」
思わずつぶやくと、手押し車の奥から、ガラス瓶が投げ渡された。
「こいつは試供品だ」
冷たい。キンッキンに冷えている。
中には見慣れない真っ黒な液体。
栓を抜く。シュワッ! と甲高い音が弾け、見えない気体が吹き出した。
これは一体何だ? 新しい酒か?
俺は瓶に口をつけ、喉へ流し込む。
「――!?」
炭の粉でザラつく喉を、氷のように冷たい炭酸の泡が容赦なく削り落としていく。
なんだ、この味は。
わずかな柑橘と、名前も知らないスパイスを煮詰めた、得体の知れない香り。
だが――。
(止められねぇ……ッ!)
一口、二口。なぜだか瓶を煽る手が、どうやっても止められない。
独特の芳香と炭酸からくる爽快感。
疲弊しきった脳を直接殴りつけてくる。
薬臭いのに、もっと飲みたくてたまらない。
「……あ」
気づけば空になった紙包みと瓶を握りしめていた。
もっと飲みたい。瓶の底に残った一滴まで舌で舐めとりたい。
周囲を見渡せば、同じように空き瓶を握りしめた工夫たち。
「なあおい兄ちゃんよ、おれたちこんな飲み物知らねえ。なんてんだこれは!」
俺が搾り出すように尋ねると、鉄板の前の少年は少し虚を突かれたような顔をした。
「これの名前か? そうだな……『黒い水』じゃ味気ねえな……コk……ペp……いや、戦争になるか……うーん」
「あ?」
少年はブツブツと、何やら自分の中で真剣に葛藤している。やがてポンと手を打ち、顔を上げた。
「そうだ、こいつは『ジョルト』! ジョルト・ソーダだ!」
「ジョルトってんだな? 確かにこいつは衝撃だぜ……覚えたよ」
少年が言う。
「明日、旧駅馬車中継所に新しい店が開く」
「馬車や馬で来る奴は、降りる必要すらねぇ。今日のこの味といまのジョルト・ソーダが買える」
少年は不敵に口角を吊り上げた。
「どこよりも美味い肉を、どこよりも早く……ウチのモットーだ。仲間を連れて、ご贔屓にしてくれよ」
その言葉と『ジョルト』の名は、俺たち工夫の脳にしっかりと焼き付いた。
◇
翌日、グランドオープンの日。
東の空はすでに白み始めている。
母屋の裏手、冷たい朝気が漂う納屋の前に、役目を終えた手押し車があった。
路地裏から始まり、俺たちをここまで運んできた二輪の手押し車。
「……車軸が、もう限界ですね」
屈み込んだティムが、歪んだ木製の車輪を撫でながら呟いた。
最初から片方が歪んでいた車軸は無理やり引き回したせいでいよいよ限界を迎え、車輪は完全にひしゃげている。
十二ミリ厚の鋳鉄板も中央が反り返り、修復不可能なほどに焼け焦げていた。
「今まで、ありがとう」
ティムは手に持った布切れで、煤まみれの車体を丁寧に、愛おしむように拭き上げている。
俺は無言のまま、油の染み込んだ木枠に手を置いた。
スクラップヤードのガラクタの山から二十五セントで拾い上げた、この手押し車と鉄板からすべてが始まった。
親父にぶん殴られて、追い出されて、でもその前から見下されていた。
銃が撃てない、馬に乗るのも難しい。
この西部の底辺から這い上がるために毎日肉を焼き続けた。
こいつと一緒に。
だが、こいつの役目は終わった。
俺は納屋の扉を閉め、冷たい金属の鍵をかけた。
振り返る。
赤土を踏み固めた巨大なU字の通路。
あるのは、飯屋としては異形の建物だ。
看板は木地に白ペンキで描いた。
「ColtBurger」
「ティム、そろそろ開店の時間だ」
静まり返った前庭を抜け、俺は店舗の真新しいドアノブに手をかけた。
冷たい金属の感触が、手のひらに沈み込む。
旧街道の遠くから、一番乗りの馬車の車輪の音が聞こえてきた。
なお、今のところノンカフェイン飲料となっております。
面白いと思って頂けましたら、下の☆マークから評価をポチッと応援をよろしくお願いします!
毎日更新頑張りますのでブックマークをして更新お待ちください!
また作品に対する感想、助言などお待ちしております。




