第20話 甘い甘い劇薬
――シュバァァッ!
鋭い高圧の排気音と共に、白い飛沫が勢いよく迸り、冷えた真鍮管の先端から、極小の泡を無数に孕んだ水流が吹き出す。
厚手のガラスコップの底に沈んでいた黒褐色のシロップが激しく巻き上げられ、パチパチと弾ける無数の泡が、グラスの縁までせり上がってくる。
厨房の空気の中で、ガラスの表面にあっという間に細かい水滴がびっしりと結露した。
「店長、バッチリ冷えてます!」
隣で受け皿を構えていたティムが言う。
俺はグラスを持ち上げ、窓口のカウンターへ滑らせた。
「試作品第一号だ、お嬢様」
カウンターの向こう側で、シャーロットが手袋を外した。
機材の搬入から一週間。
内装の突貫工事を終え、初めて稼働させたソーダファウンテンとグラスを交互に興味深そうに見ながら、彼女は指先でつまみ上げた。
無数の泡が絶え間なく立ち上り、甘さとスパイスと、柑橘の皮が放つ鋭い芳香が鼻腔をくすぐる。
シャーロットはグラスを口元へ運び、わずかに唇を湿らせた。
パチパチと弾ける炭酸の刺激にわずかに眉を寄せながらも、舌先で転がすように味わい、静かにグラスをカウンターへ戻す。
ハンカチを取り出し、唇の端をそっと押さえた。
「……すごく甘いわね。けれど、スパイスと強い炭酸であえてそれを抑えている。確かに爽快な飲み物ではあるけれど……本当にこれが売れると思っているの、レオ・カーター?」
「はっ、こいつをそんなふうに味わって飲む奴なんてごくわずかさ、お嬢様」
俺は軽く口角を吊り上げた。
「この飲み物の本質は、味じゃねえ。――そこの『顧客』にも飲んでもらうから、反応を見てみな」
視線を、シャーロットの背後へ向ける。
軒先には、彼女の馬車を操縦してきた二人の大柄な使用人――御者と護衛の男が控えていた。
荒野の乾いた風に晒され、砂埃にまみれた二人は、グラスの表面を滴る冷たい水滴を喉を鳴らしながら見つめている。
「おい、あんたたち。喉が渇いてるだろ」
俺は新しく二つのグラスを取り出し、真鍮のレバーを倒した。
漆黒の泡立つ液体を満たし、カウンターの端へ置く。
「飲んでみてくれ。俺のおごりだ」
男たちはぎょっとして顔を見合わせ、それから恐る恐るシャーロットの顔色を窺った。
シャーロットは無言のまま、顎をわずかに引いて許可を出した。
「……ありがたくいただきます、お嬢様」
御者の男が主へ一礼し、大きな手でグラスを掴んだ。
分厚い唇をグラスの縁につけ――次の瞬間、男の喉仏が激しく上下した。
ゴク、ゴク、ゴク、と荒々しく喉を鳴らす。
護衛の男もたまらずグラスを煽る。
氷のように冷たい炭酸が、砂埃で焼き付いた喉を削るように流れ込む。
二人は息を継ぐ間すら惜しむように、首筋を反らせて一気に飲み干した。
「――っ、くぅぅ……あぁっ!」
御者の男が、目を剥いて叫んだ。
口元を腕で拭い、空になったグラスを信じられないといった顔で見つめている。
「な、なんだこれ……! 喉がカッと熱くなったと思ったら、頭の芯まで冷気が突き抜ける……!」
「ガツンと殴られたみたいに目が覚めやがった。……いやあ旦那、こいつはうまいですぜ!」
護衛の男が、無意識に身を乗り出して腰の革袋に手を伸ばしかけた。
金を出してでも、今すぐ胃袋へ注ぎ込みたいという剥き出しの飢え。
男たちの充血した目と、荒い息遣い。
その反応を、シャーロットは冷徹な眼差しで見つめていた。
彼女はカウンターのグラスへ視線を戻した。
底に残った数滴の黒いシロップ。
タダ同然の廃糖蜜と、井戸水。
そこに、わずかなスパイスと炭酸ガスを溶かし込んだだけの液体。
「……なるほどね」
シャーロットが静かに呟いた。
その声から、先ほどの疑問は消えていた。
「強烈な甘みと炭酸の爽快感で、疲弊した労働者の気分を強制的に書き換える……いわば劇薬ね」
「そうだ、そして俺たちの売り物と完璧にコンビネーションする」
俺はカウンターを指先で叩いた。
「塩、肉、油で麻痺した舌をこいつの炭酸で無理やり洗い流す。またすぐ次の肉が欲しくなる。……客はこのループから抜け出せない」
シャーロットの青い瞳が、わずかに細められる。
野心を燃やす出資者様は、そのループが生み出す利益に思いを巡らせているようだ。
◇
それからさらに数日後。
ガタガタと車輪を軋ませ、大工の棟梁トムが荷車を引いて前庭を横切る。
「おう、小僧! 言われた通りの妙なハコは仕立ててやった。商売がコケて夜逃げするなら、解体だけは安く引き受けてやるぜ!」
トムは皮肉混じりの捨て台詞を残し、デンバーの街へ向けて去っていった。
残されたのは、晩秋の乾いた風の中に佇む建物。
優雅なテラスはない。
客を迎える瀟洒な看板もない。
それどころか、客席すらもない。
荒野の赤土を削って固めたU字の馬車用通路。
街道に向かってぽっかりと口を開けた、横長の注文窓口。
そして、屋根を突き破るように天へ伸びた、無骨な二本の極太排煙ダクト。
それは飲食店というより、無機質な工場のように見えた。
「外観は整ったわね」
シャーロットがウールの外套の前を合わせ、前庭の赤土を見渡した。
「けれど、重要な問題がひとつ残っているわ」
彼女は視線を街道へと向けた。
「街道を通る馬車や人……彼らをどう惹きつけるの? 看板も客席もないなら、みんな素通りしていくだけじゃないかしら」
「屋台のときの客たちには声をかけてある。だが、それだけじゃ足りねえ」
「足りない……?」
「蜘蛛みてえに巣を張って、獲物が飛び込んでくるのを待つだけじゃあ芸がねえだろう? もう一策ある」
俺は厨房を抜け、母屋の裏手にある小さな納屋へと向かった。
軋む木扉を押し開ける。
暗がりの奥に鎮座していたのは、かつて路地裏で酷使し、煤と油が染み付いた一台の荷車。
車輪を補強し、鉄板を磨き直した、俺の原点。
ガラガラと乾いた音を立てて、手押し車を前庭の寒空の下へと引きずり出した。
「明日、日の出と同時に、こいつを山から鉱夫たちが降りてくる街道の合流点まで転がしていく」
「合流点……?」
シャーロットが眉を寄せる。
「夜勤明けの鉱夫どもが、泥のように疲れて這い出てくる時間だ。あいつらの鼻先で、最高に油の乗ったパティを焼き、焼きたての肉の匂いを風上にぶち撒けてやる」
俺は手押し車の取手を強く握り込んだ。
「まずは五十人分、おれたちのバーガーを胃袋に叩き込む。紙包みには、この店の場所を記したチラシを巻きつけてな」
「……彼らの胃袋に直接宣伝を叩き込むわけね」
襟巻きに顎を埋めたシャーロットが、試すような眼差しを向けてくる。
「そうさ、奴らを呼び水にして……俺がこの前庭を馬車で埋め尽くしてやるよ」
山から吹き降ろす冷たい風が、手押し車の鉄板を鳴らした。
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