表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
75/80

74. 運ぶ船

 翼はいま、別れを告げようとしているのだろうか。

 言葉の続きを待つのが、怖かった。


 翼の存在を知ったその日から、ツバサは予感していた。

 自分が運命と感じた出会いは、兄の司に続くものであることを。

 けれど、可能性から目をそむけた。

 もしこの出会いさえも、兄の手のひらの上にあるものだとしたら。

 目の前にいる、そのままの翼が消えてしまいそうで。

 兄とのか細い思い出が、また揺らいでしまいそうで。

 怖かったのだ。


 けれどもう、逃げるのは終わりだ。


「教えてください、翼さん」


 ツバサは、まっすぐに彼を見つめて言った。

 ゆっくりと翼が応える。

 

「"愛している"――中野司が、君に伝えたかった言葉はそれだけだ。その思いを籠めて彼は、僕をここまで導いてくれた」

「待ってくれ!」


 北川が割り込んだ。

 野暮は承知だ。しかし、どうしても確かめなくてはならない。


「教えてくれ。君は誰だ?それが、最後まで分からなかった。君は、君自身が……中野司ではないのか?」

「違う」


 翼は首を横に振った。


「僕は中野翼だ。他の誰でもない」


 翼は自分の鼓動を確かめるように、その胸に手を当てた。


「中野司はもういない。僕が抱いているのは、彼が焼き付けた影だ。あの人は最後を迎えるその時に、無位の双眸の力を借りて、僕を創り出した。思いを運ぶ、船として」


 中野司……彼の魂はここにはない。

 どこか遠い場所で、いまは静かに眠っているのだろう。

 そう翼は、彼の生まれ変わりでもなければ、亡霊でもない。

 中野司が意図せず、こぼした涙のしみだ。

 中野翼は、決して司に望まれて生まれたわけではない。


 ツバサに会いたい。

 いずれ騎士として戦いの場に赴く、彼女を支えるだけの力が欲しい。

 争いのない場所に行きたい。

 今の人生とは違う、平凡で穏やかな日々を送りたい。

 それら矛盾する彼の想いが、翼を生んだ。

 中野翼は、中野司の弱さの結晶だ。

 もし司が翼の存在を知ったとしたら、深く自分を恥じるだろう。


 しかし、翼は感謝している。

 彼のくれた命に、そして出会いに。

 そして今に至るまでの道は、果てしなく長いものだった。

 何年?何百年?何千年?

 中野翼は彷徨っていた。

 ひとかけらの意思が、肉体と精神を得るまでには、それだけの年月が必要だった。


「翼さん。ありがとう。受取りました。兄さんからの言葉……」


 もう十分だから、とツバサは無理に微笑もうとした。


「北川さん、リトさんもう一度お願いします。わたしに力を貸して下さい」


 傷ついた翼はもう、世界を繋ぐ門としての力を失っている。

 これが今生の別れになるだろう。

 けれどなんとしても、翼を元の世界に送り届けなくてはいけない。


「翼さん、わたしの手をしっかり握っていて。わたしの力を送ります。ぜんぶ受け止めてください」


 その時、足音がひとつ近付いてきた。


「やっと追い付いてきてみりゃ、愁嘆場の真っ最中か。けったくそ悪い」


 悪態をついたのは、ダイムだった。

 しかし、彼を見とめた翼は笑顔になった。


「ダイム、手助けを頼みたい」

「お前は司さんじゃない……自分でそう言っただろう?削りカス風情が、気安く何言ってやがる」


 まったく、ダイムらしい。

 感傷を振り払うかのように、噛みつくように言葉を投げつける。


「タダ働きはさせない。見合うだけの報酬を払う」

「ハッ、自分の身も救えないゴミくずが。俺に何をくれるっていうんだ?」


 こうしている間にも翼の体からは、残された力、その光の粒がこぼれ落ちていく。


「k997の11.19だ。三匹目の子牛の額に穴をあけて、その左側を覗きこめ。探しものはそこで見つかる」


 うわ言にしか聞こえない、言葉の羅列。

 しかしダイムとリトは、その意味を理解したようだった。


「十分すぎるな」


 リトが呟いた。


「フン……で、俺に何をさせたい?」

「ダイム、僕と戦え」


 この土壇場の際も際。

 ようやく翼の鍛錬は、おぼろげながら形になった。


「来たれ、陽光」

 

 翼はスペルをその唇に乗せる。

 その右手に、青い炎が現れる。

 残り少ない命そのものを削り、ようやく出現させた光だった。


「トチ狂ったか?」


 ダイムが驚きに目を見開く。

 その翼の行動は、残り少ない時間を、さらに縮める自殺行為にしか思えない。


「ナカノツバサ、北川、なぜあいつを止めない?」


 リトの当然の問いかけ。

 しかしふたりは動かなかった。


 翼の発現させた炎の色。

 ツバサの持つ色とまったく同じ青だ。

 無位の双眸の力、そして中野司の影から決別し、翼は自分の色を定めたのだ。

 それは何よりも、強烈なメッセージだった。


「もう決めた。諦めない――ツバサのことを、この世界を。僕は消えたりしない。ここに留まる」


 自分に言い聞かせるように、翼は決意を口にした。

 ツバサの隣で生きる。

 そのためには、『アカバネ』世界を、彼自身の力で揺らさなければならない。

 全身全霊で、自分の存在を叫ぶのだ。

 仮そめの肉体を捨て去り、産声を上げ、中野翼はこの『アカバネ』世界にもう一度生まれ落ちる。

 産みの痛みを、翼は潜り抜けなくてはならない。


 そうだ。これは一か八かの賭けではない。

 だから、もう祈りはしない。

 愛して、迷って、傷って。

 笑って、飯を食って、走って、眠った。

 そんなことを積み重ねていくのが人生なのだとしたら、翼はもうこの世界でそれを手に入れている。

 翼は消えたりなんてしない。

 ツバサに、北川に、蝋月に、国本女史に、そして阪田兄弟にも。

 この『アカバネ』で出会った者たちと、翼は繋がっている。


「さぁ、かかって来いよダイム。さっきはよくもやってくれたな。この傷を100倍にして返すぜ」


 まったく慣れない啖呵を切った。

 しかし、堪え切れず吹き出してしまう。

 釣り込まれてダイムも白い歯を見せる。


「ったく、しまんねえ野郎だな。返り打ちにしてやるよ」

 

 怖い。

 けれど、それ以上に嬉しい。

 目の前に、新しい世界が拓けている。

 翼はいま期待に、胸を躍らせている。

 

 そして、ツバサも動いた。


「お手伝いをさせてください。わたしが支えます。だから思いっきり撃って」

 

 そしてツバサは許可を求めるように、ダイムを見た。


「助太刀上等。まとめて来なよ」


 ダイムは鷹揚に頷いた。


 光をおびた翼の右手の甲に、ツバサは自分の手のひらを重ねた。

 今度こそ完全にふたりの力は結びあい、ひとつになる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ