↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/24

第9話 許されないまま

 最後の日、達也さんは約束の20分前に来ていた。

 俺は10分前に着いたので、負けた気がした。何の勝負でもないのに、最近は約束の時刻が妙に気になる。


「久瀬さんは?」

「時刻までに来るって。俺が早く来ただけです」


 達也さんはベンチの端を空けた。

 俺は腰を下ろし、自販機で買ってきた缶を両手で包んだ。


「それ、何ですか」

「コーンスープです」

「最後、何粒か残るやつですね」

「先に不安を増やさないでください」


 達也さんが笑った。

 この人がよく笑う人なのかどうか、俺は結局、知らないままだった。


 死亡時刻から49日後の16時40分。

 久瀬から聞いた時刻を、俺は覚えていた。今日は講義もバイトもない。だからといって、長く座れば時間が増えるわけではなかった。


「今日は、どこか行きたい場所ありますか」


 達也さんは園内を見回した。


「ここでいいです」


 それから、俺が何か言う前に付け足した。


「店には行きません」


 俺は缶のふたを開けた。

 白い湯気が上がり、すぐ薄くなった。


     *


 達也さんは、最後まで後悔していた。

 航平さんに会えないことも、謝罪を聞いてもらえないことも、平気になったわけではなかった。


「向こうから、やっぱり話を聞くって言われるんじゃないかって。今朝も考えました」


 俺は缶を膝の上に置いた。


「連絡は、来てないです」

「ですよね」


 連絡先を渡していないから、という話はしなかった。

 望まれていない手段を探すことなら、俺にもできてしまう。それをしないと決めたところだった。


「あいつ、死んだ奴にそんな冷たくしなくてもええのにって、思ったりもするんですよ」


 達也さんは俯いた。


「言わん方がよかったですね」

「俺に言ったことで、藤沢さんへ届くわけじゃないです」


 達也さんは、しばらく黙っていた。

 それから膝を指でたたいた。音はしなかった。


「嫌な奴ですね、俺」


 違いますとは言えなかった。

 その一言で全部を決めることも、したくなかった。


「この前、椅子の話してくれたでしょ」


 俺が言うと、達也さんは顔を上げた。


「あのときは、俺も笑いました。今日のその話は、何て返したらいいか、わからないです」


 達也さんは鼻から息を吐いた。


「正直ですね」

「気の利いたことが言えないだけかもしれません」


 缶を傾けると、底で粒が動いた。

 口には入ってこなかった。

 達也さんが、もう少し振るといいと言う。振りすぎるとこぼれるので、俺は少しだけ角度を変えた。


「惜しい」

「実況、要ります?」


 俺たちはしばらく、缶の底の話をした。


 全部は取り出せなかった。

 最後に飲み口から中をのぞく俺を見て、達也さんが諦めましょうと言った。

 その言葉を、何か別の話へ結びつけるのはやめた。

 ただスープの粒が残っただけで、それ以上の意味はなかった。

 俺は缶をベンチの横へ置いた。


     *


 久瀬は約束どおり、16時に来た。

 達也さんの前に立ち、今日の案内について、改めて説明した。

 時間が来れば出発すること。怖いことや聞きたいことがあれば、話してほしいこと。


「後悔が残ってても、行けるんですか」


 達也さんが聞いた。


「はい」

「俺みたいなのでも」


 久瀬は本を閉じた。


「ここで後悔をなくすことが、案内の条件ではありません」


 達也さんはコートも着ていない腕をさすった。

 寒さを感じるのか、ただ昔の癖なのか、俺にはわからなかった。


「何か、持っていけますか」

「現実の物を、お持ちいただくことはできません」


 達也さんはうなずいた。


「神谷さん。あの紙、捨てました?」

「はい。読めないようにして」

「よかった」


 俺はその返事を聞いて、初めて、紙がなくなったことにほっとした。


 達也さんは座ったまま、航平さんの話を少しした。

 高校時代の席順。掃除当番を代わってもらったこと。卒業してから、しばらく連絡を取らなかった時期。

 悪いことをする前の思い出だけを集めても、あとからしたことは消えない。

 達也さんはそのことを自分で言い、もう謝罪の言葉を練り直そうとはしなかった。


「最後に、何か言い残すなら」


 俺はそこまで言って、止まった。

 手紙も伝言も望まれていない。

 格好をつけた最後の一言を、俺が求める必要もなかった。


「……いや。何か話したいこと、ありますか」


 達也さんは、考えた。


「謝りたいです」


 最初に会った日と、同じ言葉だった。

 けれど今度は、俺にどこかへ行ってほしいとは続かなかった。


「それだけは、たぶん残ります」


 俺はうなずいた。

 達也さんはそれを見て、ゆっくり立ち上がった。


     *


 16時40分まで、あと少しだった。

 公園の入り口で、小さな子が落ち葉を靴で踏んでいた。母親らしい人が、もう帰るよ、と呼んだ。


「神谷さん、仕事だったんですよね」


 達也さんに聞かれ、俺はうなずいた。


「話、聞いただけなのに」

「聞くって、約束しましたから」


 達也さんは俺のかばんを見た。

 いつものノートが入っていた。今日は1度も開かなかった。


「会いには行かないって言ってからも、来てくれて。そこは、ありがとうございました」


 俺は、こちらこそとは言わなかった。


「はい」


 それだけ返した。

 久瀬が時刻を確かめ、達也さんの隣に立った。


「ご一緒します」


 達也さんはベンチを振り返った。

 空き缶を捨てたか気になったのかもしれない。別の何かを見ていたのかもしれない。

 俺はわかったつもりにならず、頭を下げた。


 2人は遊歩道を歩いていった。

 達也さんの肩は少し丸まっていた。最後まで、晴れ晴れとした顔にはならなかった。

 並んだ姿が木々の間で薄くなり、やがて見えなくなった。


 俺は冷たくなった缶を握っていた。

 全部飲んだつもりだったが、底でまた、何かが動いた。


     *


 戻ってきた久瀬と、今日の時間を確かめた。

 スマホに記録しながら、俺は『謝罪』とだけ書いた欄を見た。


「完了、って書くの、変ですね」


 久瀬は画面をのぞき込んだ。


「訪問は、お断りを受けて終了。お話を伺う時間は、本日まで。そのように分けてはいかがでしょう」


 俺は文字を直した。

 達也さんの気持ちまで、終わったことにはしなかった。


「俺、あの店の人に悪いことしました」

「はい」


 返事がはっきりしていて、少し痛かった。


「次は、断られたら止まります」


 久瀬はうなずいた。


「私も、伝える前にお聞きします。相手が、今その話を望んでいるか」


 2人でしばらく歩いた。

 駅への道は、喫茶店の前を通らなくても帰れる。

 俺は遠回りではない方の、別の道を選んだ。

 航平さんがどう過ごしているか、確かめには行かなかった。

 店の中で、今日の仕事をしているのだろうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。