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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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第10話 見られたくない棚

 パソコンの画面が止まった。

 俺は動かない矢印を見つめ、次に、保存した時刻を思い出そうとした。

 思い出せなかった。


「神谷さん」


 窓の外から声がした。

 約束の15時だった。俺は玄関を開け、久瀬を部屋へ入れた。


「ご準備は」

「今、文章の生存確認してます」

「私は機械については」

「そっちの専門外なんは知ってます」


 しばらくして画面が戻った。

 文章は残っていた。急いで保存し、念のため別の場所にもコピーした。

 死神と会うたび、何かが助かっている気がする。今回はたぶん関係ない。


 机の脇には、家電店から持ち帰ったカタログがあった。

 欲しい機種の横に、俺が丸をつけていた。


「買い替えるのですか」

「そのために、助手の分は使わずためてるんです。生活費とは別に」

「いつごろ、足りそうですか」

「今のペースなら春くらい。先にこっちが力尽きへんことを祈ってます」


 久瀬はパソコンを見た。

 手を合わせたりはしなかった。できることとできないことの区別は、いつも明確だった。


     *


 12月の公園は、座るだけで足元から冷えた。

 待っていた男性は、俺を見るなり立ち上がった。


「確認ですが、秘密は守れますか」


 名乗る前に聞かれた。


「内容によります」

「非常に個人的な、趣味に関わる問題です」


 久瀬が本を開いた。


「安西直人さんです。お部屋の片づけについて、ご相談が」

「そうです。まず本棚の下から2段目を」

「ちょっと待ってください。神谷です」


 直人さんは咳払いをした。

 31歳だという。灰色のスウェットに、几帳面そうにそろった前髪。俺のノートを見て、書く前に話を全部聞いてほしいと言った。


「小さい人形の家です」

「人形の家」

「模型です。縮尺のある。家具から作っていて」


 説明に熱が入ったところで、直人さんは急に声を落とした。


「誰にも言ってないんです。特に、妹には」


 仕事で使っていた資料と、趣味の道具が、実家の自室に混ざっているらしい。

 亡くなってから3週間。妹の美咲さんが、年末の休みに少しずつ片づける予定だという。


「その前に、模型だけ処分してほしいんです」

「ご家族に黙っては、できません」


 直人さんの口が止まった。


「箱に入れて、外へ出すだけでも」

「家の人に説明して、了承をもらいます。勝手には持ち出せません」


 直人さんは頭を抱えた。


「全部、見られるということですか」

「内容まで詳しく話すかは、相談できます。まず、趣味の物の整理を手伝うという話で」


 久瀬が少し身をかがめた。


「知られたくないことは、具体的にどこまででしょう」


 直人さんは指を折るような仕草をした。

 作品を作っていたこと。途中で投げ出した物が多いこと。模型に使った金額。

 最後の1つで、俺は机のカタログを思い出した。


「金額は、わざわざ報告しなくていいと思います」

「それはぜひ」


 返事は、今日いちばん力強かった。


     *


 美咲さんとは、直人さんの知っていた実家の住所を訪ねて話した。

 玄関先で説明すると、最初は不審そうに眉を寄せた。

 俺は生前の友達を装わず、できることと、断っても構わないことを伝えた。


「兄が、模型を片づけろって?」

「はい。詳しい内容まで、お話ししてよいかは」

「あの人、まだ隠してるつもりなんですか」


 隣で直人さんが固まった。


「知ってるんですか」

「廊下まで木の匂いしてたし、宅配の箱に店の名前書いてあったんで。部屋に入ったら普通に並んでますし」


 直人さんは俺を見た。

 俺を見られても困る。


「中まで見ましたか」


 確認していいか直人さんに聞いてから、俺は美咲さんに尋ねた。


「棚は。箱の中はまだです。触ったら壊れそうで」


 美咲さんは、母親が台所にいると言った。

 2人で相談したあと、土曜の午前中なら作業を手伝ってもらいたいと返事をくれた。


「ただ、兄が本当にそう言ってるかは、私には確かめられません。捨てる物は、私たちが決めます」

「はい。何も勝手には捨てません」


 その約束を、直人さんにも聞いてもらった。

 直人さんは不満そうだったが、最後にはうなずいた。


     *


 土曜、案内された部屋は、予想より整っていた。

 机の上には作業用のマット。細いピンセット。刃にカバーをしたカッター。

 本棚の下から2段目に、小さな家が並んでいた。


 美咲さんが、部屋の写真を撮っておきますかと聞いた。

 配置を元に戻すためには便利だったが、直人さんが首を振った。


「棚全体なら、かまいません。でも、作品を大きく写すのは」


 その希望を伝えると、美咲さんはスマホを下ろした。


「じゃあ、今日は撮らずにやりましょう。困ったら、また聞きます」


 俺は、仕分け前の物を並べる場所を先に空けた。

 何でも記録しておけば安心だと思っていたが、記録そのものを残したくない人もいる。

 ノートにも、作品の細かな形は書かないことにした。何をどう扱ったかがわかれば、活動の報告はできる。

 直人さんは、それを確かめてから、棚の方を向いた。

 俺はまだ何も持ち上げていなかったが、ようやく作業を始めてよい気がした。


「これ、全部自分で?」


 思わず聞くと、直人さんは肩を少し上げた。


「既製品を使っている部分もあります」


 小さな喫茶店のカウンターに、米粒みたいな砂糖入れがあった。

 隣には、作りかけの部屋。壁のない片側から、低いテーブルと椅子が見える。

 直人さんは俺の視線を追い、慌てて前へ回った。


「そっちは失敗作です」


 遮ろうとした体を通して、俺にはテーブルが見えた。

 本人にもわかったのか、直人さんは黙って横へずれた。


「まず、箱の中からお願いします」


 美咲さんが軍手を差し出した。

 俺は受け取り、小さすぎる家具には素手で触れた方がよさそうだと相談した。

 移動させる物。処分を検討する物。家族が確認する物。

 紙に書いた札を床に置き、仕分けを始めた。


「この椅子、脚が1本ないですね」

「作りかけです」

「こっちは?」

「作り直す予定でした」

「これは完成?」

「椅子ではなく、棚です」


 美咲さんが笑った。


「今の、兄の説明ですか」

「はい。俺の理解が追いつかなくて」


 小箱がいくつも埋まっていった。

 その途中で、美咲さんが棚の前に座った。

 直人さんが失敗作と言った部屋を、両手で持ち上げた。


「これ、昔の家や」


 直人さんの指が止まった。


「お母さん。こっち来て」


 廊下から足音が近づいた。

 直人さんが、俺の方へ身を寄せた。


「それだけは、捨ててください」


 机の上には、まだ『残す』という札を作っていなかった。

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