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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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第11話 捨てるには早い

「このカーテン、覚えてる?」


 美咲さんが指を差した。

 模型の窓に、黄色い布がかかっていた。端の方だけ、色が少し薄い。

 お母さんは顔を近づけ、眼鏡を上げた。


 美咲さんは、模型の床へ手を伸ばしかけた。

 俺が声をかけるより先に、自分で止めた。


「これ、触っても平気ですか」


 直人さんが、壁には触らず土台を持つように言った。俺が伝えると、美咲さんは両手で底を支え直した。

 土台の裏に、鉛筆で書いた数字がいくつもあった。


「そこ、見なくていいです」


 本人に言われ、俺は慌てて目を戻した。

 美咲さんにも伝えると、数字の意味を尋ねずに模型を置いた。

 残したいと言うことと、すべて見たいと言うことは違うらしかった。

 直人さんの手が、少しだけ下がった。

 作った物を好きだと言われても、すぐ安心できるわけではない。その距離を、俺は机のこちら側で測り直した。


「日焼けしてた方まで、よう作ったね」


 直人さんが俺を見た。

 言ってくれ、という顔だった。


「ご本人は、処分してほしいそうです」


 俺が伝えると、美咲さんの手が止まった。


「何でですか」


 直人さんは模型から目をそらした。


「寸法が違う。窓の位置も」


 そのまま伝えた。

 美咲さんは窓を見たあと、俺を見た。


「違ってても、いいです。家、もうないので」


 引っ越す前に住んでいた借家だったという。

 建物は数年前に取り壊された。写真に写っているのは、誕生日や正月の人の顔が中心で、部屋だけを撮った物は少ない。


「このテーブル、よく角にぶつけたな」


 美咲さんが言うと、お母さんも笑った。

 直人さんは笑わなかった。


「失敗した物を飾られるのは嫌です」


 俺は、その言葉も伝えた。

 お母さんは模型から手を離した。


「あの子、本当にそう言うの」

「はい」


 信じさせるための証拠を探すのはやめた。

 ここで俺が伝えられるのは、言っている言葉だけだった。


「じゃあ、今日は決めないでおこうか」


 お母さんが言った。

 美咲さんは模型を棚へ戻した。


     *


 ほかの物を片づけていても、俺は棚の下から2段目を何度も見た。

 直人さんも、美咲さんも同じだった。

 作業が半分ほど進んだところで、お母さんがお茶を用意してくれた。


「兄、昔からそうなんです。うまくできるまで見せへんのに、できたら見せたい」


 美咲さんは廊下の窓を少し開けた。

 紙のほこりが、光の中に浮いた。


「妹の前で格好つけるくらい、いいでしょう」


 直人さんが横から言った。

 伝えていいか聞くと、少し迷ったあと、いいと言った。


「何を今さら。小学生のとき、折り紙で鶴折れへんくて、私のやつ持っていったくせに」


 直人さんは口を開き、閉じた。


「それは、言わなくていいです」

「もう向こうが言いました」


 美咲さんが俺の返事を聞いて、肩を揺らした。

 俺も少し笑った。

 けれど、棚の話に戻ると、2人とも黙ってしまった。


「神谷さんは、捨てた方がいいと思います?」


 美咲さんが聞いた。


「俺が決めることではないです」


 口にしてから、それだけでは手伝いに来た意味がない気がした。


「でも、今すぐ決めないで済むなら、何が嫌なのか、もう少し聞けます」


 美咲さんは湯飲みを置いた。


「私は、残したいです。それは伝えてください」


 直人さんは、伝える前から聞いていた。

 俺は改めて、同じ言葉を渡した。


     *


 次の作業日までの間に、直人さんと公園で会った。

 俺は前回の記録を開いた。処分した物の種類と、持ち出していないこと。残して確認する物。

 美咲さんたちが了承した範囲でしか、作業は進んでいなかった。


「捨ててほしい物ほど、残りましたね」


 直人さんが言った。


「あの家、どうして作ろうと思ったんですか」


 直人さんは、最初は答えなかった。

 久瀬は本を閉じたまま、隣に立っていた。


「模型の練習です。想像で作るより、知ってる物の方がいいので」

「作ってみたら、違った?」


 直人さんはうなずいた。


「台所の広さが、どうしても合わなくて。記憶ではもっと狭いんです。でも、あの家具を入れると窮屈すぎる」


 子どものころの家は、図面に残っていなかった。

 記憶の中では窓の横にあった棚が、写真では反対側に写っている。何度も配置を変えるうちに、どれが正しいのかわからなくなったという。


「あれを見て、ああ、こうだったって思われたら困ります。間違ってるのに」


 俺はノートの端に、小さな四角を描いた。


「直人さんが覚えてた家やって、わかるようにはできませんか」

「そう書くんですか」

「書くかどうかも含めて、相談できます」


 直人さんは黙った。

 久瀬が、ゆっくり口を開いた。


「残す場合、何をしないでほしいかも、伺ってよろしいですか」


 その聞き方だと、直人さんは少し話しやすそうだった。


「人に見せて回らないでほしいです。ネットにも載せない。俺が家族のために作ったとか、勝手に話をつけないでほしい」


 俺は書き留めた。

 美咲さんが言ったのは、昔の家を残したいということだけだった。

 兄の愛情がこもっているとも、贈り物だとも、言っていなかった。


「そういう話をされたこと、ありました?」


 直人さんは少し考えた。


「……まだ、ないです」


 俺はうなずいた。

 相手が言っていないところまで先回りして、嫌になってしまうことなら、俺にもあった。


     *


 次の土曜、俺は直人さんの希望を美咲さんとお母さんに伝えた。

 模型を前にして座ったが、すぐに誰かが結論を出すことはなかった。


「ネットには載せません。親戚に見せるときも、勝手には話をつけないです」


 美咲さんが言った。


「でも、間違ってるから捨てるっていうのは、嫌です。私の覚えてる家も、たぶん間違ってるから」


 模型の低いテーブルを、指で示した。


「これ、私は緑やと思ってた。でも写真見たら茶色で。緑のは上に敷いてた布やった」


 直人さんが模型を見た。

 茶色いテーブルの上には、何もなかった。


「緑の布」


 直人さんが、小さく繰り返した。


「そうやったな」


 俺はその言葉を伝えた。

 美咲さんは、しばらくテーブルを見つめた。


「兄の覚えてる家と、私の覚えてる家、違っててもええと思います。どっちかに決めなくても」


 廊下で、お母さんのスリッパが小さく鳴った。

 お茶を入れに行こうとして、やめたらしかった。


「直人が作ったことは、間違ってへんもんね」


 直人さんは棚を見上げた。

 俺はノートもペンも動かさずに待った。


「……全部は、置かないでほしいです」


 美咲さんが顔を上げた。

 俺は、続きを待ってから伝えようと思った。

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