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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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23/24

第23話 8歳の海

 4月分の精算が終わると、助手の報酬は、6か月で7万5924円になった。

 交通費などの実費は別に精算していて、その数字には入っていない。

 久瀬の記録と俺の記録を合わせると、働いた時間は合計114時間だった。


「ずいぶん、座ってしゃべりましたね」


 俺が言うと、久瀬は本を閉じた。


「歩いた時間も、ありました」

「そこを競ってるわけではないです」


 澄江さんが、俺の分のお茶を足してくれた。


「気をつけて行ってきてね。帰ったら、また普通に学校行くんやから」


 俺はうなずいた。

 旅に使うのは、この報酬からためた分。生活費は、いつもの口座に残っている。

 亮介さんとは、予約した宿と交通の金額を確かめ、負担の上限も決めていた。

 計画上は、貯金を全部使っても、なお亮介さんの負担が残る。余計な買い物を足して、無理に使い切る必要はなかった。


 新しいパソコンは、まだ店にあった。

 俺は古い方で旅行の日程を開き、印刷した紙をかばんへ入れた。


     *


 5月4日、咲ちゃんは駅の改札前で跳ねていた。

 誕生日なので、新しい靴を履いているらしい。


「砂に埋める靴、それでいいん?」


 俺が聞くと、咲ちゃんは呆れた顔をした。


「脱ぐって言うたやん」


 亮介さんが横で笑った。

 俺は、そうでしたと頭を下げた。


 久瀬は少し離れて立っていた。

 現地で案内しなければならない死者はいない。それでも、今回は俺たちの旅を見届けたいと、事前に言っていた。

 亮介さんには同行について話し、構わないと言ってもらった。久瀬自身も、ほかの案内に差し障りのない範囲で来ることになった。


「切符、要らんのは便利ですね」


 小声で言うと、久瀬は改札を見た。


「その代わり、お荷物は持てません」

「知ってました」


 亮介さんは大きなバッグ、俺は自分のリュック、咲ちゃんはお気に入りのぬいぐるみの入った小さなかばん。

 亮介さんが切符を出す間、咲ちゃんはかばんの肩紐を直していた。

 ねじれたところを俺が指すと、自分で直すと言った。


「8歳やから?」

「7歳のときもできたで」


 それは失礼しました、と答えると、咲ちゃんは満足そうにうなずいた。

 誕生日になったから急に何かができるわけではない。昨日までにも、この子が自分で覚えたことは、たくさんあったのだろう。

 肩紐を直した咲ちゃんが、亮介さんの空いている手を握った。

 俺は改札の向こうの案内板を見た。

 見える荷物は、3人分だった。


     *


 電車では、咲ちゃんが窓側に座った。

 最初の30分でお菓子を食べ、そのあと少し眠った。

 亮介さんが上着をかけ、俺は窓の外を見た。


「仕事、休みは大丈夫だったんですか」


 俺が聞くと、亮介さんはうなずいた。


「早めに相談しました。帰ってから出る日もありますけど、この3日は大丈夫です」


 それから、咲ちゃんを見た。


「久しぶりに、出かける前の日に楽しみで寝られへんって言ってました」


 俺は眠っている顔を見た。

 母親がいない旅を楽しみにしていいか、誰かへ確認しなくてもよい夜だったなら、それはよかった。


「神谷さんも、楽しんでくださいね」


 亮介さんが言った。


「見守り係だけにしてしまったら、来てもらった意味がないので」


 俺は少し驚いて、それからうなずいた。

 売店で買ったコーヒーを飲んだ。

 車窓に海が見えたのは、咲ちゃんが起きてしばらくしてからだった。


「あれ?」


 指を差す声につられて、俺たちは同時に外を見た。


     *


 汐崎の駅から乗ったバスは、細い道を走った。

 真帆さんが話していた文房具店は、もう別の店になっていた。

 坂の曲がり角にあった赤い郵便箱は、そのまま残っていた。

 俺は覚えている範囲で、その話をした。


「お母さん、ここ歩いてたん?」


 咲ちゃんが聞いた。


「この坂を、学校の帰りに下りたって聞きました」


 咲ちゃんは窓に顔を近づけた。

 すぐに、反対側の道にいた犬へ目を移した。


「めっちゃ大きい犬」


 俺もそちらを見た。

 母親の話をしている途中でも、犬は大きかった。

 亮介さんが笑い、俺も笑った。


 宿へ荷物を置き、浜へ向かった。

 砂は写真で見たより、少し灰色だった。風が強く、波の白いところが遠くからも見えた。

 真帆さんは、どんな色だったと話していただろう。

 思い出せなかったが、今見えている色は、ちゃんとわかった。


     *


 咲ちゃんは靴を脱いだ。

 亮介さんが靴下を受け取り、濡れた波打ち際には近づきすぎないよう声をかけた。

 俺は少し離れた乾いた場所で、穴を掘るのを手伝った。


「どこまで埋める?」

「膝」

「それ、あとで出るん大変やで」

「じゃあ、ここ」


 足首より少し上を指した。

 亮介さんが砂を寄せ、俺が写真を撮った。


「足、切れてへん?」

「砂で見えへんけど、写真の中には入ってます」


 咲ちゃんが笑った。

 亮介さんが隣にしゃがみ、もう1枚撮った。

 真帆さんの写真と、同じ構図ではなかった。父親の服も、砂の盛り方も、空の色も違った。

 俺は撮った画面を、2人に見せた。


「これ、いい」


 咲ちゃんが言った。

 それで、その写真を残した。


 しばらくして、咲ちゃんが海を見たまま静かになった。


「お母さんにも、見せたい」


 亮介さんが隣へ座った。

 俺はスマホをしまった。


「見せたかったな」


 亮介さんはそう言った。

 咲ちゃんはうなずき、砂から足を抜いた。

 片方の踵に砂が固まっていて、なかなか取れなかった。

 亮介さんがタオルで払うと、咲ちゃんがくすぐったそうに笑った。

 その笑い声の前に言ったことも、消えたわけではなかった。


     *


 夕方、宿の小さな食事室で、誕生日を祝った。

 亮介さんが前もって相談して用意した、小さなケーキが運ばれてきた。

 ろうそくは8本。咲ちゃんは数え、間違いがないことを確かめた。


「8歳、おめでとう」


 亮介さんが言い、俺も続けた。

 真帆さんの言葉を、今もう1度受信したふりはしなかった。

 あの日、先に伝えたお祝いは、咲ちゃんの中にあった。


「お願いする」


 咲ちゃんが目を閉じた。

 何を願ったか、俺たちは聞かなかった。

 目を開け、一息で火を消した。

 2本だけ残ったので、もう一息吹いた。


 亮介さんが笑い、拍手をした。

 俺も手をたたいた。

 久瀬は席から少し離れたところで、その様子を見ていた。


 ケーキの苺は、咲ちゃんが最初に食べた。

 明日の水族館で何を見るかという話になり、亮介さんが予約画面を開いた。

 俺は2日目の日程を確かめた。

 誕生日の夜には、まだ明日の予定が残っていた。

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