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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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第21話 買わなかったパソコン

 翌朝、俺は大学のパソコン室で課題を終えた。

 家で続きをするより、ずっと早かった。

 教室を出ながら、買い替えを延ばすとこういう移動が増えるのだと思った。

 不便は、きれいな気持ちになっても消えない。


 昼、母親から電話が来た。

 連休に帰るかという用件だった。


「たぶん、出かける」

「友達と?」

「知り合いの親子と。旅行の手伝いみたいな」


 嘘ではなかったが、全部でもなかった。

 母親は詳しく聞かず、泊まりなら連絡だけはつくようにしておいて、と言った。


「ちゃんと寝てから行きや」

「まだ、決まってへんねん」

「決まってからでも、ちゃんと寝るの」


 電話を切ってから、俺は笑った。

 家を出る前の用事を、誰かが気にしてくれるのは、ずいぶん普通のことだった。


     *


 亮介さんとは、咲ちゃんのいない時間に話した。

 俺が報酬をためていることと、そのお金を旅に使うか考えていることを伝えると、亮介さんはすぐ首を振った。


「それは、受け取れません。神谷さん、学生でしょう」

「はい。だから、生活費からは出しません」

「そういう問題だけじゃなくて」


 俺はうなずいた。

 善意で出すと言えば、その場で喜んで受け取れるわけではない。達也さんのときに学んだことが、別の形で戻ってきた。


「今日、受け取るか決めてほしくて来たわけじゃないです。どういう形なら困らないか、聞きたくて」


 亮介さんはしばらく黙った。


「咲が、大人の世話になったから何か返さなきゃって思うのは、避けたいです」

「俺も、それは求めません」

「妻のためだから、という旅行にもしたくない。咲が当日、水族館ばかり行きたがるかもしれないです」


 俺は少し笑った。


「それは、この前も言ってましたね」


 亮介さんも、ほんの少し笑った。


「僕も、楽しく出かけたいんです。妻の話をする時間も、しない時間もあって」


 俺はうなずいた。

 亮介さんが欲しい旅行の形は、真帆さんから最初に頼まれたものと、もう少し違っていた。


     *


 次に真帆さんと会ったとき、俺はその話をした。

 亮介さんの了承を得た範囲だけ、伝えた。


「私のため、ではないんですね」


 真帆さんは、少し寂しそうだった。


「真帆さんが行きたかった場所へ、2人が自分たちで出かける旅行です」


 言ってから、うまく説明できているか自信がなくなった。

 真帆さんは考え、それからうなずいた。


「咲、あの写真の話をするとき、私が何歳だったかより、砂が熱くなかったか気にしてたんです」


 俺は少し笑った。


「たぶん、足を埋める予定が本気なんですね」

「本気です。自分の靴を脱いで練習してたので」


 真帆さんの笑い声が、公園の道へ小さく広がった。

 その声を、咲ちゃんに録音して渡すことはできない。

 俺が知ったことを、覚えていて話すことはできる。


「神谷さんのお金まで、使ってもらうんですか」


 真帆さんが聞いた。


「まだ相談中です。使うとしても、俺が決めます。全部かなえるために、何でもするという話ではないです」


 真帆さんは両手を重ねた。


「私がお願いしたせいで、困る人を増やしたくないです」


 久瀬がそばで、静かにうなずいた。

 俺は、すぐ大丈夫とは言わなかった。


「困ることも、ちゃんと考えます」


     *


 俺は、買い替えを延ばした場合の予定を作った。

 自宅のパソコンが使える間は使う。重い課題は大学で済ませる。必要なデータは別にも保存する。

 買い直すためのお金は、定食屋の収入から、無理のない範囲で少しずつためる。

 死神の依頼を増やして埋め合わせる、とは決めなかった。


 澄江さんにも相談した。

 旅の手配と家族の費用を俺個人が一部負担すること、その負担を次の活動費に混ぜないこと。

 現地への同行は、俺が自分で希望して参加する旅行として分ける。通常の聞き取りや報告は、これまでどおり記録する。


「ただ働きしなさい、という話にはしないよ」


 澄江さんは、はっきり言った。


「はい。誰かに言われて埋めるお金ではないです」


 久瀬が俺を見た。


「断っても、この仕事を続けることには関係ありません」


 俺はうなずいた。


「知ってます。最初にも聞きました」


 言ってから、カタログを閉じた日のことを思い出した。

 惜しいという気持ちは、まだあった。それをなくしてから決めるのは、たぶん無理だった。


「俺も、海へ行ってみたいです」


 口にすると、ようやく自分の希望が混ざった。

 久瀬は、そうですかと答えた。


     *


 亮介さんから、数日後に連絡が来た。

 援助を受けるなら、金額と分担を明確にしたいという。

 宿や交通は亮介さんが予約し、俺は自分の分と、親子の費用の一部を負担する。余分な予定は、勝手に増やさない。


「返さなくていいお金として、本当に受け取っていいんですか」


 改めて聞かれた。


「はい。ただ、計画が変わって実際にかからなかった分は、精算してください。使い切るための旅行にはしたくないので」


 亮介さんは、わかりましたと言った。


 電話を切る前に、俺は1つだけ確かめた。


「もし咲ちゃんが、やっぱり行きたくないって言ったら、予約したあとでも相談してください」


 亮介さんは、少し間を置いて答えた。


「はい。キャンセルにお金がかかる場合も、最初に確認しておきます」


 俺はその条件もメモした。

 喜んでいる姿を見たいと思うほど、喜ばなければならない旅行にしてしまいそうだった。

 支払うことを決めても、咲ちゃんの機嫌や悲しみまで予約できるわけではない。

 その日の夜、亮介さんから宿の条件が届いた。俺は金額と日付を読み、変更になったときも黙って抱えないと返信した。

 俺も、足りない分を無制限に引き受けるとは言わなかった。

 今ある貯金と4月分を合わせた範囲まで。亮介さんは、自分たちの分を3万円程度と、そのほかの差額を負担する。

 具体的な予約を見て、無理がないところへ収めることになった。


 最後に、咲ちゃんにも聞いた。


「俺も一緒に行っていい?」

「来ると思ってた」


 咲ちゃんはそう言って、青い色鉛筆を持ち直した。

 旅先でやりたいことを、絵にしていた。


「でも、お父さんと2人がよかったら、そう言っていいで」


 咲ちゃんは亮介さんを見て、それから俺を見た。


「3人でいい。お兄ちゃん、写真撮れる?」

「普通くらいには」

「足、切れへんように撮ってな」


 要求が具体的だった。

 俺は自分のスマホを見た。

 新しいパソコンを開くはずだった5月に、俺は砂浜で写真を撮ることになった。

 買い物の予定を、カレンダーから消した。

 代わりに『汐崎』と入れた。

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