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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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20/24

第20話 3人分の旅費

 咲ちゃんと会ったのは、4月に入ってからだった。

 亮介さんが娘に話し、本人が会ってみたいと言ったという。

 俺と久瀬、真帆さんは、約束した時刻に三浦家を訪ねた。


 咲ちゃんはテーブルの向こうに座っていた。

 俺を見ると、最初に聞いた。


「お兄ちゃん、お母さんの電話?」


 俺は靴をそろえたところで止まった。


「電話ではないかな。お母さんが話したことを、俺が伝えられる」

「いつでも?」

「いつでもではないです」


 亮介さんが咲ちゃんの隣へ座った。

 俺も、勧められた椅子へ腰を下ろした。


「お父さんから、聞いたと思うけど。お母さんと話せるのは、4月26日までなんです。そのあとは、俺にもできません」


 咲ちゃんは俺の後ろを見た。


「ここにおるの?」


 真帆さんに聞くと、うなずいた。

 俺は今いる位置を示した。

 咲ちゃんは手を伸ばしかけて、自分の膝へ戻した。


「触れへんのやったね」


 俺はうなずいた。

 真帆さんは椅子の横にしゃがみ、娘の顔を見上げた。


     *


 咲ちゃんは、海の話を覚えていた。

 アルバムの写真も、誕生日に行く約束も。


「今も、行きたい?」


 俺が聞くと、すぐにうなずいた。

 それから、亮介さんを見た。


「でも、お父さん、遠いって言うた」


 亮介さんは、そう言ったねと答えた。


「電車とバスで行くから、時間がかかる。だから、泊まるかどうかも考えないといけないんだ」


 咲ちゃんは指を2本立てた。


「2回、寝たい」


 亮介さんが笑った。

 理由を聞くと、着いた日にすぐ帰る準備をするのが嫌だからだという。


「お母さんの写真、撮ったとこだけ?」


 咲ちゃんが俺を見た。


「ほかにも行きたいところ、ある?」

「水族館。あと、船」


 真帆さんが少し笑った。


「船は、私が乗りたがってなかっただけなんです。酔うので」


 伝えると、亮介さんが思い出したように笑った。

 咲ちゃんは、船はあとで考える、と言った。

 母親の思い出をなぞるだけではない予定が、早くも増えていた。


 亮介さんが、咲ちゃんへ地図を見せた。

 家から近い海と、汐崎の海。どちらも青い色で、画面の上につながっていた。


「こっちなら、朝出て夜帰れる。遠い方は、電車に長く乗ることになる」


 咲ちゃんは地図へ顔を近づけた。


「お母さんの海は、どっち?」


 亮介さんが汐崎を示すと、咲ちゃんはそこを見たまま考えた。


「こっちがいい。でも、お菓子持っていく」


 俺は笑い、車内で食べられる分を相談しようと言った。

 真帆さんは、その返事を聞いて目を伏せた。

 自分の行きたい場所を娘も選んでくれたことは、うれしいのだと思った。それでも、亮介さんへ急いで予約してほしいとは言わなかった。

 咲ちゃんは地図から顔を上げ、長い電車にはトイレがあるかを聞いた。

 旅行の心配は、大人と子どもで少し違っていた。


「お母さんが好きやった店、もうないかもしれへんけど、それでもいい?」


 俺は聞いた。

 咲ちゃんは首をかしげた。


「新しい店に行ったらいいやん」


 真帆さんは、娘を見て笑った。


     *


 その日は旅行を決定せず、亮介さんが費用と休みを確かめることになった。

 俺は真帆さんから聞いた浜の場所を、亮介さんの地図で一緒に確認した。

 昔あった店や道は、今も同じとは限らない。宿や交通の最新の案内は、亮介さんが手配するときに確かめる。


「神谷さん、同行してもらうことはできますか」


 咲ちゃんが部屋へ戻ったあと、亮介さんが聞いた。


「咲が、神谷さんも来ると思っていたみたいで。僕は場所の話を聞ければと思っていたんですけど」


 俺はスマホの予定を開いた。

 5月4日から6日。大学は休みで、バイトの希望はまだ出していない。


「日程は、空けられます。ただ、費用や役割は先に相談させてください」


 亮介さんはうなずいた。

 咲ちゃんを預かるための同行でも、真帆さんの代わりになるための同行でもないと、俺たちは話した。


「僕も、父親と娘だけの旅を練習しないといけないんですけどね」


 亮介さんが苦笑した。


「今回は3人で行きたいなら、それも旅行やと思います」


 言うと、亮介さんは少し考えて、そうですねと返した。


     *


 数日後、亮介さんが作った概算が届いた。

 2泊3日。宿泊、往復の交通、現地の移動と食事。

 俺の分まで入れると、全体で10万円前後になりそうだった。

 連休なので、空いている宿も限られている。


『うちで今、無理なく出せるのは3万円ほどです。少し超える分は調整できますが、全額は難しいです』


 続きには、日帰りや近くの海に変える案も書いてあった。

 亮介さんは援助を求めるためではなく、相談できる範囲を知らせてくれていた。


 俺は久瀬と会い、費用の見込みを話した。

 久瀬は、まず通常の活動費として可能な範囲を確認しましょうと言った。


 澄江さんは、次に会ったとき、概算を丁寧に見た。


「聞き取りや連絡の時間は、これまでどおりね。ただ、ご家族の旅行費用を全部出すところまでは、今の約束には入ってへん」


 俺はうなずいた。


「活動を続ける分は、予定どおり用意できるよ。この旅は、別に考える必要があるってこと」


 突然支えがなくなるわけではなかった。

 もともと月3万円の枠でしている活動に、10万円の旅行をそのまま入れることはできなかった。


「小さくするか、時期を変えるか。今回は場所の話を伝えるまでにすることも、できるね」


 澄江さんはそう言った。

 久瀬もうなずいた。

 俺の貯金のことは、2人とも持ち出さなかった。


     *


 帰ってから、俺はパソコンのカタログを開いた。

 軽くて、起動が速い機種。前に触ったキーボードの感覚を、まだ覚えていた。

 今のパソコンは、机の上で低い音を立てていた。


 報酬用に分けている残高を確認した。

 3月分までで、5万8608円。

 4月に予定している仕事と記録の確認を終えれば、7万円台にはなる見込みだった。


 旅費の不足分と、自分の交通費。

 何度計算しても、その数字でかなりの部分を賄えた。

 だからといって、使いたいとすぐ思えたわけではなかった。


「買えるとこまで来たのにな」


 声に出したら、急に惜しくなった。

 俺はカタログを閉じた。

 家賃と生活費の口座には、手をつけない。それだけは、先に決めた。


 亮介さんへは、まだ返事をしなかった。

 真帆さんにも、何も約束しなかった。

 今夜決めなければ消える時間ではなかった。

 俺は保存を押し、パソコンの電源を落とした。

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