第17話 結果を聞く前に
2度目の面会は、颯太くんから希望があった。
また20分だけ。日曜の夕方。
理恵さんからの連絡には、それ以上のことは書かれていなかった。
約束の日、誠さんは玄関の前で待っていた。
「何を聞かれると思います?」
「俺には、わからないです」
「受験のことかな」
「かもしれません」
久瀬が俺の隣でうなずいた。
「わからないことが、はっきりしていますね」
「それを成果みたいに言わんといてください」
誠さんが笑った。
前回より、笑うまでに時間がかかった。
*
颯太くんは、最初に理恵さんへ頼んだ。
「ちょっとだけ、席外してもらっていい?」
理恵さんは俺を見た。
俺は、颯太くんが希望する範囲で話を聞くこと、終わったら声をかけることを伝えた。
理恵さんは台所へ移り、扉は閉めずにおいた。
久瀬も廊下側で待つことにした。
颯太くんは俺のノートを見た。
「今日、話したこと、全部書くんですか」
俺はノートを閉じて、かばんへ入れた。
「誰と何分話したかは記録するけど、言ったことを全部残す必要はないです」
「お母さんにも、全部言う?」
「伝えてほしいことがあれば、一緒に決めよう」
颯太くんはうなずき、椅子を少し引き寄せた。
誠さんはその様子を黙って見ていた。
孫のことを知りたいと言っていた人が、孫が話すかどうかを決めるまで待っていた。
俺はテーブルから手を離した。
廊下の方で、久瀬が少し離れたのが見えた。何を言ったか全部知っていなくても、今日の案内はできる。俺も、聞いたことを全部持ち帰ろうとしなくてよかった。
残り時間が短いからといって、言葉を引き出す方へ急がなくてもよかった。
俺と颯太くんが向かい合い、その横に誠さんが座った。
「もし、落ちたら」
颯太くんは、そこまで言って口を閉じた。
俺は待った。
「おじいちゃん、がっかりすると思う?」
俺への質問なのか、誠さんへ伝えてほしいのか、すぐにはわからなかった。
「おじいちゃんに、聞いていい?」
颯太くんはうなずいた。
誠さんは、もう質問を聞いていた。
「しないよ。何でもええ」
そこまで言って、誠さんは止まった。
俺もまだ伝えなかった。
「……何でもええ、は違うな」
颯太くんが俺を見た。
「今、考えてはります」
そう伝えると、颯太くんはテーブルへ視線を戻した。
秒針が何度か動いた。
「受かってほしい。それは、本当です」
誠さんが言った。
「落ちたら、私も残念やと思う。でも、颯太が駄目やったっていう意味ではない」
俺は、ゆっくり同じ言葉を伝えた。
颯太くんは、返事をしなかった。
「うまくいかんかったあと、何を食べたいか聞くと思う。いつもみたいに」
颯太くんの指が止まった。
「うどん」
小さな声だった。
誠さんが笑った。
「せやな。卵を入れて」
俺が伝えると、颯太くんは鼻をすすった。
「ねぎは、少なめ」
誠さんは何度もうなずいた。
*
颯太くんは、最近勉強に集中できない日があると話した。
机に向かうと、お茶を持ってきてくれた祖父の足音を待ってしまうらしい。
その分の遅れを取り戻そうと、夜更かしをしていた。
「それは、お母さんには」
「知ってる。寝なさいって言われてる」
俺はうなずいた。
勉強時間をどうするかについて、俺が新しい指示を出すことはしなかった。
「おじいちゃんのためにも頑張ろうって、言われるんです。周りに」
誠さんの顔が動いた。
「悪い意味やないのはわかる。でも、落ちたら、おじいちゃんにも悪いことするみたいで」
誠さんが手を伸ばしかけた。
颯太くんの肩へ触れる前に、膝へ戻した。
「私の分まで、受けんでええ」
俺はそのまま伝えた。
颯太くんが顔を上げた。
「高校は、颯太の毎日の場所になるんやから。私を喜ばせる場所を選ばんでええ」
颯太くんは目元を手の甲でこすった。
俺はティッシュの箱を、テーブルの真ん中へ寄せた。
「でも、受かったら言いたい」
誠さんの顔が、少し歪んだ。
俺は2月27日という日付を思い出した。
「発表まで、ここにおれないんですか」
颯太くんが俺に聞いた。
理恵さんから、聞いていたのだろう。
「うん。久瀬さんが案内する期限があって、延ばせません」
「神谷さんが、あとで伝えることも?」
「旅立ったあとには、伝えられないです」
颯太くんは俯いた。
誠さんも、同じように俯いた。
俺は、何か代わりになることを急いで探すのをやめた。
*
約束の20分が近づいたので、俺は時刻を知らせた。
颯太くんは、あと少し話したいと言った。
理恵さんに声をかけ、10分だけ延ばすことになった。
台所から戻った理恵さんへ、誠さんは卵うどんの話を伝えてほしいと言った。
颯太くんがうなずいてから、俺は話した。
「結果の日は、うどんにしようか」
理恵さんが言った。
颯太くんは、ちょっと考えてから首を振った。
「その日の気分で決めてもいい?」
誠さんが声を上げて笑った。
俺も笑って、もちろんと伝えた。
「お父さん、卵の固さだけはうるさかったな」
理恵さんが言った。
「かき混ぜすぎると怒る」
颯太くんが続けた。
誠さんは、怒ってはいないと言いかけて、やめた。
俺が聞くと、今日は伝えなくていいと笑った。
颯太くんは立ち上がり、台所の方を見た。
「今度、作り方教えて。お母さん」
理恵さんはうなずいた。
誠さんが教えるのでなく、娘が孫へ教える約束ができた。
誠さんは、少し寂しそうに、それでも静かに見ていた。
*
面会のあと、俺と久瀬は近くの公園で誠さんと話した。
誠さんは指先を見つめていた。
「受験の話を聞けば、落ち着くと思ってたんです」
俺はお茶のキャップを閉めた。
「聞いたら、余計に見たくなりました」
久瀬は、そうですかと返した。
ほかのことを見届けられたからよいでしょう、とは言わなかった。
「でも、今日のうちに言えてよかったです。受かったあとなら、何を言っても簡単やった」
誠さんは少し顔を上げた。
「まだ、どうなるかわからんときに、言わなあかんことがあったんですね」
俺はノートを閉じた。
試験が終わってから祝う約束は、できない。
今、誰のために受けるのかを話すことはできた。
「最後の日も、颯太くんに会いますか」
聞くと、誠さんは首を振った。
「学校もありますから。今日、話せました」
久瀬と、2月27日の待ち合わせを決めた。
誠さんは何度も家の方を見たが、帰ろうとは言わなかった。
ポケットの中のお茶は、もう冷たくなっていた。
俺はそれを出し、残りを飲んだ。




