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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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第17話 結果を聞く前に

 2度目の面会は、颯太くんから希望があった。

 また20分だけ。日曜の夕方。

 理恵さんからの連絡には、それ以上のことは書かれていなかった。


 約束の日、誠さんは玄関の前で待っていた。


「何を聞かれると思います?」

「俺には、わからないです」

「受験のことかな」

「かもしれません」


 久瀬が俺の隣でうなずいた。


「わからないことが、はっきりしていますね」

「それを成果みたいに言わんといてください」


 誠さんが笑った。

 前回より、笑うまでに時間がかかった。


     *


 颯太くんは、最初に理恵さんへ頼んだ。


「ちょっとだけ、席外してもらっていい?」


 理恵さんは俺を見た。

 俺は、颯太くんが希望する範囲で話を聞くこと、終わったら声をかけることを伝えた。

 理恵さんは台所へ移り、扉は閉めずにおいた。

 久瀬も廊下側で待つことにした。


 颯太くんは俺のノートを見た。


「今日、話したこと、全部書くんですか」


 俺はノートを閉じて、かばんへ入れた。


「誰と何分話したかは記録するけど、言ったことを全部残す必要はないです」

「お母さんにも、全部言う?」

「伝えてほしいことがあれば、一緒に決めよう」


 颯太くんはうなずき、椅子を少し引き寄せた。

 誠さんはその様子を黙って見ていた。

 孫のことを知りたいと言っていた人が、孫が話すかどうかを決めるまで待っていた。

 俺はテーブルから手を離した。

 廊下の方で、久瀬が少し離れたのが見えた。何を言ったか全部知っていなくても、今日の案内はできる。俺も、聞いたことを全部持ち帰ろうとしなくてよかった。

 残り時間が短いからといって、言葉を引き出す方へ急がなくてもよかった。


 俺と颯太くんが向かい合い、その横に誠さんが座った。


「もし、落ちたら」


 颯太くんは、そこまで言って口を閉じた。

 俺は待った。


「おじいちゃん、がっかりすると思う?」


 俺への質問なのか、誠さんへ伝えてほしいのか、すぐにはわからなかった。


「おじいちゃんに、聞いていい?」


 颯太くんはうなずいた。

 誠さんは、もう質問を聞いていた。


「しないよ。何でもええ」


 そこまで言って、誠さんは止まった。

 俺もまだ伝えなかった。


「……何でもええ、は違うな」


 颯太くんが俺を見た。


「今、考えてはります」


 そう伝えると、颯太くんはテーブルへ視線を戻した。

 秒針が何度か動いた。


「受かってほしい。それは、本当です」


 誠さんが言った。


「落ちたら、私も残念やと思う。でも、颯太が駄目やったっていう意味ではない」


 俺は、ゆっくり同じ言葉を伝えた。

 颯太くんは、返事をしなかった。


「うまくいかんかったあと、何を食べたいか聞くと思う。いつもみたいに」


 颯太くんの指が止まった。


「うどん」


 小さな声だった。

 誠さんが笑った。


「せやな。卵を入れて」


 俺が伝えると、颯太くんは鼻をすすった。


「ねぎは、少なめ」


 誠さんは何度もうなずいた。


     *


 颯太くんは、最近勉強に集中できない日があると話した。

 机に向かうと、お茶を持ってきてくれた祖父の足音を待ってしまうらしい。

 その分の遅れを取り戻そうと、夜更かしをしていた。


「それは、お母さんには」

「知ってる。寝なさいって言われてる」


 俺はうなずいた。

 勉強時間をどうするかについて、俺が新しい指示を出すことはしなかった。


「おじいちゃんのためにも頑張ろうって、言われるんです。周りに」


 誠さんの顔が動いた。


「悪い意味やないのはわかる。でも、落ちたら、おじいちゃんにも悪いことするみたいで」


 誠さんが手を伸ばしかけた。

 颯太くんの肩へ触れる前に、膝へ戻した。


「私の分まで、受けんでええ」


 俺はそのまま伝えた。

 颯太くんが顔を上げた。


「高校は、颯太の毎日の場所になるんやから。私を喜ばせる場所を選ばんでええ」


 颯太くんは目元を手の甲でこすった。

 俺はティッシュの箱を、テーブルの真ん中へ寄せた。


「でも、受かったら言いたい」


 誠さんの顔が、少し歪んだ。

 俺は2月27日という日付を思い出した。


「発表まで、ここにおれないんですか」


 颯太くんが俺に聞いた。

 理恵さんから、聞いていたのだろう。


「うん。久瀬さんが案内する期限があって、延ばせません」

「神谷さんが、あとで伝えることも?」

「旅立ったあとには、伝えられないです」


 颯太くんは俯いた。

 誠さんも、同じように俯いた。

 俺は、何か代わりになることを急いで探すのをやめた。


     *


 約束の20分が近づいたので、俺は時刻を知らせた。

 颯太くんは、あと少し話したいと言った。

 理恵さんに声をかけ、10分だけ延ばすことになった。


 台所から戻った理恵さんへ、誠さんは卵うどんの話を伝えてほしいと言った。

 颯太くんがうなずいてから、俺は話した。


「結果の日は、うどんにしようか」


 理恵さんが言った。

 颯太くんは、ちょっと考えてから首を振った。


「その日の気分で決めてもいい?」


 誠さんが声を上げて笑った。

 俺も笑って、もちろんと伝えた。


「お父さん、卵の固さだけはうるさかったな」


 理恵さんが言った。


「かき混ぜすぎると怒る」


 颯太くんが続けた。

 誠さんは、怒ってはいないと言いかけて、やめた。

 俺が聞くと、今日は伝えなくていいと笑った。


 颯太くんは立ち上がり、台所の方を見た。


「今度、作り方教えて。お母さん」


 理恵さんはうなずいた。

 誠さんが教えるのでなく、娘が孫へ教える約束ができた。

 誠さんは、少し寂しそうに、それでも静かに見ていた。


     *


 面会のあと、俺と久瀬は近くの公園で誠さんと話した。

 誠さんは指先を見つめていた。


「受験の話を聞けば、落ち着くと思ってたんです」


 俺はお茶のキャップを閉めた。


「聞いたら、余計に見たくなりました」


 久瀬は、そうですかと返した。

 ほかのことを見届けられたからよいでしょう、とは言わなかった。


「でも、今日のうちに言えてよかったです。受かったあとなら、何を言っても簡単やった」


 誠さんは少し顔を上げた。


「まだ、どうなるかわからんときに、言わなあかんことがあったんですね」


 俺はノートを閉じた。

 試験が終わってから祝う約束は、できない。

 今、誰のために受けるのかを話すことはできた。


「最後の日も、颯太くんに会いますか」


 聞くと、誠さんは首を振った。


「学校もありますから。今日、話せました」


 久瀬と、2月27日の待ち合わせを決めた。

 誠さんは何度も家の方を見たが、帰ろうとは言わなかった。

 ポケットの中のお茶は、もう冷たくなっていた。

 俺はそれを出し、残りを飲んだ。

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