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職業:死神の助手 時給666円  作者: きびだんご


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16/24

第16話 発表は3月

 2月の風は、公園で話をする仕事に向いていなかった。

 俺はベンチへ座る前に、コンビニで買った温かいお茶をポケットへ入れた。

 久瀬がそれを見た。


「飲まないのですか」

「まず、手を温める係です」

「兼務ですね」

「その言い方やと、ペットボトルが気の毒やな」


 隣にいたおじいさんが笑った。

 茶色のセーターに、袖口の伸びた上着。両手を膝に置く姿が、源蔵さんとは少し違った。

 人の話に口を挟まず、最後まで聞いてから笑う人だった。


「石田誠です。孫が、高校を受けるんです」


 誠さんは、ノートを開く俺にそう言った。


「合格するところを、見たいんです」


 俺は最初に日付を聞いた。

 発表は3月17日。誠さんの49日の期限は、2月27日だった。


 数字を書いたあと、俺は久瀬を見た。

 久瀬はもう、誠さんに説明してあるという顔でうなずいた。


「そこは、変わらないんですよね」

「はい」


 誠さんが少し身を乗り出した。


「たとえば、発表のときだけ戻るとか」


 久瀬は首を振った。


「それも、できません」


 誠さんは唇を結び、もう1度うなずいた。

 理解できないのではなく、何度聞いても違う答えが欲しいのだと思った。


「せめて、どこを受けるかは知りたいんです。最近、志望校を変える話をしていて」


 俺は別の行を作った。

 日付を変えなくても、聞けることは残っていた。


     *


 誠さんは娘の理恵さんと、孫の颯太くんと暮らしていた。

 颯太くんは15歳。学校から帰ると、誠さんのいれたお茶を飲み、塾へ行く日もあったという。


「勉強は、私にはもう教えられませんでした」


 誠さんは笑った。


「問題を見ても、記号ばっかりで。お茶くらいしか」


 俺の教科書にも、記号は多い。

 お茶を用意する方がずっと役立つ日があると思ったが、まだ颯太くんに会っていないので黙っていた。


 理恵さんには、玄関先で事情を説明した。

 父親の話を聞きたい気持ちはあるが、受験前の息子を混乱させたくないと言われた。


「今すぐ会わせてほしいという話ではないです。颯太くんが嫌なら、伺いません」


 俺はそう伝え、必要なら理恵さんから連絡できるよう、自分の名前と連絡先を残した。

 父親の姿が見えるという話を、理恵さんがそのまま息子に伝えるかどうかも、任せた。


 3日後、連絡が来た。

 颯太くんは話を聞いてもいいが、20分だけにしてほしいという。


「20分、ですね」


 誠さんへ伝えると、少しがっかりした顔になった。

 それでも、会えるならと笑った。


「私は、何を話せば」

「颯太くんが何を聞きたいかも、聞いてみましょう」


 俺はスマホの予定に、開始時刻と終了時刻の両方を入れた。


     *


 颯太くんは、居間のテーブルに問題集を置いたまま待っていた。

 理恵さんも同席した。俺と久瀬、誠さんが入ってよいことは、あらかじめ確認してあった。


「ほんまに、おじいちゃんがおるんですか」


 颯太くんは俺の隣を見た。


「俺には、見えています。信じるかどうかは、すぐ決めなくても大丈夫です」


 颯太くんは、問題集の角を指で押さえた。


 理恵さんが、お茶と水のどちらがいいか聞いた。

 颯太くんは水を選んだ。俺はお茶をお願いした。

 誠さんが、お茶ではないんですねと、小さくつぶやいた。

 聞き慣れた習慣が、目の前で少し変わったような顔だった。


「今日は、さっきお茶飲んだし」


 颯太くんは理恵さんにそう言って、問題集の下から消しゴムを出した。

 誠さんは、そうですかとうなずいた。

 俺に説明してほしいとは言わなかった。

 祖父がいなくなったあとも、颯太くんは喉が渇き、そのとき飲みたい物を選ぶ。俺はお茶の話ばかり聞いていたので、水の入ったコップを少し意外な気持ちで見た。


「受験の結果、わかるん?」


 誠さんが久瀬を見た。

 俺は首を振った。


「わかりません。未来が見えるわけではないので」

「よかった」


 俺は少し驚いた。

 誠さんも同じ顔をしていた。


「受かるって言われたら、信じてサボりそうやし。落ちるって言われても、嫌やから」


 颯太くんは、ようやく少しだけ口元を動かした。

 俺はうなずいた。


「俺もレポートの評価、提出する前に言われたくないわ」

「大学生なんですか」

「経済学部の2年です」

「数学、得意?」

「今、それを聞くと残り時間を無駄にするかもしれへん」


 颯太くんが笑った。

 誠さんは、その顔をじっと見ていた。


     *


 志望校を変えるのは、颯太くん自身が考えたことだった。

 以前の学校より通学時間が短く、見学で見た部活動にも興味があるという。


「おじいちゃん、前のとこがいいって言ってたから」


 颯太くんは誠さんのいる方ではなく、テーブルを見た。

 誠さんが慌てて声を出した。


「本人が決めたところで、いいんです」


 俺が伝えると、颯太くんは少し間を置いた。


「ほんまに?」


 誠さんは力強くうなずいた。


「あの学校へ行けたら立派だと思って、言いすぎました。通うのは、颯太やから」


 その言葉も、俺は伝えた。

 理恵さんが、お茶を置く手を止めた。

 颯太くんは問題集を閉じた。


「まだ、自分でも迷ってるんですけど」


 俺はうなずき、誠さんを見た。

 決めたと言わせる必要はなかった。


「お母さんや先生と相談して、決めたらええ。私への説明は、いらんよ」


 颯太くんは、初めて俺をまっすぐ見た。


「そう言うてる?」

「はい」


 返事を聞いて、肩を少し下げた。

 時計は、約束の終了時刻に近づいていた。


「今日は、ここまでにしますか」


 俺が聞くと、颯太くんはうなずいた。

 誠さんの顔に、引き留めたい気持ちが浮かんだ。

 けれど、声は出なかった。


     *


 帰りに、理恵さんが玄関まで送ってくれた。


「父がいたころ、帰ったらお茶があるのが当たり前で。私も仕事から戻ると、今日は颯太が何時に帰ったとか、聞いてたんです」


 理恵さんは靴箱の上の湯飲みを見た。

 仏壇に持っていく途中だったらしい。


「いなくなってから、学校のプリントを一緒に見る時間が増えました。それは、よかったんですけど」


 そこで言葉を切った。

 俺はうなずいた。

 誠さんは、娘の顔を見ていた。


 外へ出てから、誠さんが聞いた。


「もう1度、会えるでしょうか」

「颯太くんが希望すれば。あとで理恵さんに確認してもらいましょう」


 誠さんは、窓の方を振り返った。

 カーテンが閉まっていて、部屋の中は見えなかった。


「合格した顔、見たいなあ」


 俺はペンをしまった。

 久瀬は答えを変えなかった。

 ただ、誠さんの隣で、窓から目を離すまで待っていた。

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