葛藤の夜
真実の部屋を後にした帰り道、ヨシオは夜風に当たりながら考え込んでいた。
人通りの少ない住宅街の路地を歩きながら携帯を取り出す。
「本当に電話するべきか……」
柚希の番号を見つめながら迷う。
もしこの状況を正直に話せば何と言うだろう...
高校生の少女がホームレスの叔父を泊める可能性などほとんどゼロに等しい。
「そもそも俺にそんな資格はないさ……」
自嘲気味に呟くと踵を返して橋の下を目指した。今夜もブルーシート小屋に戻るつもりなのだ。
―
翌朝、ヨシオは予想外の展開に驚いた。
翌朝六時―
公園で一人廃棄弁当で朝食をとっていると携帯が鳴った。
見覚えのある番号。
画面には『柚希』の文字。
「マジかよ……」
ヨシオは慌てて応答ボタンを押した。
「もしもし?」
「おじさん!何やってんのよ連絡もよこさずに!」
スピーカー越しに柚希の甲高い声が響く。思わず耳から遠ざけた。
「すまん……忙しくて」
ヨシオはしどろもどろに答えた。「それよりなんだ?急に」
「急に、なんかじゃないわよ!」
柚希の声には怒りだけでなく心配の色も混じっていた。
「お母さんから聞いたんだけど最近連絡とってなかったよね?」
「あぁ……」
ヨシオは言葉を選んだ。「……ちょっと色々あってさ」
「ちょっとじゃないでしょ?」
柚希の声が低くなる。
「真実さんって方が言ってたわ。うちに叔父さんが泊まってると勘違いされてるみたいだけど一体どういうこと?」
ヨシオは凍りついた。真実はすでに柚希と接触していたのだ。
「どこまで知ってるんだ?」
「全部よ!」
柚希は呆れた様子で言った。
「ホームレス生活してることとか……あと例の事件のこととか」
胸が締め付けられる感覚が走った。やはりこの姪には敵わない。
「どうしてそれを……」
「自分で調べたのよ」
柚希の声は冷静だ。
「それより問題はおじさんがこれからどうするかだよね?」
ヨシオは深呼吸した。
「一時的に世話になれたら嬉しいと思ってるんだが……」
「当たり前じゃない!」
柚希は即答した。「週末ね?いいわよ。でもひとつ条件があるわ」
「条件?」
「働き口見つけるのよ」
柚希の声には威厳があった。
「それもちゃんとした正社員のね。中途採用試験でもなんでも受けなさい」
提案されて初めて希望が湧いた。
「でもどうやって……」
「私の学校に相談してみるわ」
柚希は自信を持って言った。
「ママがPTAの役員をやっているの……多分事務員の空き枠があるはず」
ヨシオは絶句した。こんな奇跡のような展開があり得るのか?
「本当にいいのか?」
「言ったでしょ?」
柚希の声が優しくなった。
ヨシオの声が上ずる。「本当にいいのか?」
「うん」
柚希の声に少しだけ明るさが戻った。
「だって私の家族でしょ?」
その一言でヨシオの視界が滲んだ。
「ありがとう……」
涙が頬を伝う。
通話を終えても携帯を強く握りしめていた。
これで真実に本当の話をできる。
いやそれ以上に人生の再スタートラインに立てるかもしれない。
思いがけない救いの手。
しかしその先に待ち受ける困難も想像できる―




