新しい日の始まり
「行ってきます」
ヨシオの低い声が小さな玄関に響いた。
「気をつけてくださいね」
真実の柔らかな声に背中を押されるように、彼は靴紐を結び直した。
安物のスニーカーだが、サイズが丁度良く足に馴染む。
「ああ」
ヨシオは立ち上がり、借り物のジャージの裾を伸ばした。
緊張の福祉事務所で―
市内の福祉事務所は清潔で機能的な空間だった。
白い壁と整然と並べられた机が行政の合理性を象徴している。
ヨシオは案内掲示板の前で立ち尽くしていた。
『生活困窮者支援窓口』と書かれた矢印を辿りながら、胸の内で不安が膨らむ。
「こちらですか?」
突然声をかけられ振り返ると、スーツ姿の男性職員が微笑みかけていた。
「あ、はい……」
ヨシオは緊張した面持ちで頷いた。
「生活保護の……申請をしたいんですが」
「お名前と生年月日をお願いできますか?」
職員の問いかけは事務的だが穏やかだった。
「春野ヨシオです。昭和53年……」
言葉が口から滑り出るにつれ、ヨシオの手が僅かに震えた。
受付カウンターに案内され、書類に必要事項を記入していく。
住所欄で筆が止まる。「なし」——その二文字を書くだけで胸が締め付けられた。
「春野さん……厳しいことを言いますが」
彼女は椅子を引いて少し前のめりになった。
「48歳で健康ならば仕事はあります。生活保護は最終手段です」
その一言が鋭利なナイフのように胸に突き刺さった。
否定されたわけではない。
ただ現実を突きつけられただけだ。それでも屈辱感が全身を支配する―




