## 零細生活者の生態 ### 第二十九章 過去の遺恨
彼は言葉を選びながら話し始めた。
「以前は普通の工場勤めでした」
宮本が静かに頷く。
「中間管理職で……そこそこ成果も出してたんです」
ヨシオの声に微かな誇りが混じる。
「家庭も持ってました。妻と娘がいました」
彼の目に一瞬、哀愁が宿る。
「でも……」
続きを言い淀んだ。
過去の傷口を開く痛み。
「何か問題が?」
宮本が優しく促した。
「……失敗したんです」
ヨシオは短く言った。
「大きなプロジェクトで製品を駄目にしてしまって…。会社に多額の損失を与えてしまった」
彼は夜空を見上げた。
星一つ見えない都会の天井。
「結果として……」
唇を噛む。
「解雇されました」
「そして……」
宮本が静かに聞いた。
「家族も失いました」
ヨシオの声が震えた。
「妻は出て行った。娘の親権も取られました」
彼は自嘲気味に笑った。
「馬鹿げた話でしょう?仕事で失敗しただけなのに」
宮本は黙って聞いていた。
同情の表情を浮かべることもなく、ただ真剣に耳を傾けている。
「その後は……」
ヨシオは続ける。
「派遣社員になり、契約が切れれば次の職場へ。そんな生活が数年続きましたが……」
彼の表情が暗く沈む。
「去年の冬に交通事故に遭いましてね」
「事故?」
「運転中に居眠りしたトラックと衝突して……」
彼は左脚を軽く叩いた。
「骨折で入院。医療費がかさんで貯金は底をつき……退院後も仕事が見つからなくて」
ヨシオの声が途切れた。
「ホームレスになるまで……意外と時間がかかりませんでした」
「どんな事故だったんですか?」宮本が尋ねた。
「信号待ちしてたら……大型トラックが」
ヨシオは苦々しく笑う。
「警察は相手の過失として処理したけど……保険金は雀の涙ほど。病院の請求書が届くまでに貯蓄は尽きていた」
「辛かったでしょうね」
「ええ」
ヨシオは深いため息をついた。
「でも最悪なのはその後でした」




