## 同族嫌悪と隣の芝生 ### 第五章 変わるもの変わらないもの
「もういいわ!行こう!」
柚希が突然立ち上がった。
ヨシオの粗末な衣服、汚れた指先
そして何より社会の底辺にいる現実を見ていると耐えられなくなった。
「どこへ行くつもりだ?」
ヨシオは困惑した顔で尋ねた。
「私の家よ。今日は友達の家に行くって言ってあるから」
「馬鹿言うな」
ヨシオは笑い飛ばした。
「東大卒のご両親が俺みたいなの連れてきたら……」
「パパが東大なんて関係ないわ」
柚希の声が冷たく響いた。
「あなたのことを見下してるんだもの」
その瞬間、ヨシオの目に怒りの色が浮かんだ。
だがそれはすぐに消え、
疲れたため息に変わった。
「分かった。行くよ」
マンションの一室に入るなり、柚希は急いで換気扇をつけた。
「匂うからね」
と小声で呟くのが聞こえた。
ヨシオは玄関に立ち尽くし、リビングに入ることさえ躊躇っていた。
「キッチンに来て」
柚希は命令口調で言った。
「手を洗って」
ヨシオは言われるままに従った。
温かい水と石鹸の感触が懐かしい。
最後にこのような環境で過ごしたのはいつだったろうか…。
「そこに座ってて」
柚希はダイニングテーブルを指さした。
「今夕飯作るから」
「料理できるのか?」
「お嬢様育ちで何も出来ないと思ってるの?」
柚希は鼻で笑った。
「簡単なものだけど」
30分後、目の前に置かれた皿には鶏肉と野菜の炒め物があった。
匂いだけで腹が鳴る。
「いただきます」
ヨシオは箸を持ち上げた。
「ちょっと待って」
柚希は手を伸ばし、
「ご飯よそってあげるわ」と言いながら茶碗を取り出した。
ヨシオの喉が詰まる思いだった。
こんな風に他人に世話を焼かれるのは何年ぶりだろう。
箸を持つ手が震えた。
「どうぞ」柚希は少し離れた位置に座った。
「早く食べてよね」
食べ始めるとヨシオは言葉を失った。
味付けも盛り付けも素朴だが、心がこもっている。
一口食べるごとに体の芯が温まっていく気がした。
「おいしいよ」
率直な感想が出た。
「あたりまえでしょ」
柚希の頬が赤く染まる。
「ママに教わったレシピなんだから」
会話は途切れたまま食事が進む。
しかし以前のような敵対的な空気はない。
「なんでこんなことしてくれるんだ?」
食事の終わりにヨシオは尋ねたてみた。
「俺のこと見下してるんだろう?」
柚希は黙って窓の外を見つめていた。
夜景が映り込むガラスに自分の姿が反射している。
「パパはいつも言ってるわ」
彼女は小さく呟いた。
「努力しない怠け者はダメだって」
「それで?」
「でも今日……歩道橋で見たあなたの顔が忘れられない」
柚希はようやくヨシオを見た。
「私が海外留学したいって言ったときのママと同じ顔をしてた」
ヨシオの呼吸が止まった。
「どういう意味だ?」
「希望を失っても諦めきれない顔......」
柚希の目には涙が浮かんでいた。
「日本に戻ってきて毎日感じてる。自分がどれだけ恵まれてるか……そしてそれがどれだけ苦しいか」
「苦しい?」
「ええ」
柚希は立ち上がり、ヨシオの正面に座り直した。
「毎日『あなたは賢いから』『東大に入るべき』って言われ続けるの。私の気持ちなんか誰も見てくれない」
彼女の告白にヨシオは何も言えなかった。
裕福な家庭の悩みなど......




