##雨中の決意 ### 第十五章 偽りの夜
雨に打たれながら歩く二人の姿は街灯に映し出される。
柚希の家に着く頃にはヨシオの着古したTシャツは色が変わるほど濡れそぼっていた。
玄関のドアが開かれると暖かい空気が二人を迎え入れる。
「シャワー浴びてきて」
柚希はバスタオルを投げ渡した。
「その後話しましょう」
浴室の蒸気に包まれながらヨシオは考える。
昨晩と同じベッドで過ごすことへの抵抗感と同時に、なぜか安堵感もある矛盾。
身体を拭く手が無意識に傷痕に触れた—
柚希が子供の頃につけた爪痕。
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リビングに戻ると柚希はキッチンで紅茶を淹れていた。
彼女の表情は読めない。
ヨシオは黙って対面に座る。
「本当に泊まるの?」
彼女が湯気の立つカップを差し出した。
「お前が言ったんじゃないか」
ヨシオは慎重に紅茶を受け取る。
「冗談だったかも」
柚希の唇が微かに吊り上がる。
「叔父さんならどうする?」
挑発的な質問にヨシオは紅茶を一口啜り
「俺はもう四十代だ」と前置きした。
「分別くらいある」
「分別?それとも臆病?」
ヨシオは苦笑した。
「どっちもだ。お前を傷つけるのが怖い」
「でも触れたじゃない」
柚希の目が暗がりの中で光った。
「橋の下で」
「あれは……」
「言い訳しないで」
彼女は立ち上がり、ヨシオの前に膝をついた。
「私を慰めた理由を教えて」
柚希の視線に耐えきれずヨシオは目を伏せる。
「義務感と自己嫌悪だ」
「つまり罪滅ぼしってこと?」
「まあそうかもしれん」
ヨシオは認めた。
「親父が亡くなって以来、俺はお前たちから逃げてきた。今日紗月と一緒にいたのも……」
「安心したかったんでしょ?」
柚希の声は柔らかくなっていた。
「自分がまだ必要とされているって実感したくて」
核心を突かれてヨシオは言葉に詰まった。
柚希の観察眼は大人顔負けだ。
「疲れた?」柚希が唐突に立ち上がった。
「先に休んでいいよ。客間使って」
「俺は床で充分だ」
「叔父さん」
柚希の指が彼の手首に触れた。
「嘘つき。本当は私と同じベッドがいいんでしょ?」
ヨシオは硬直した。
「そんなことは考えてない」
「なら試してみる?」
その挑発に健士は思わず柚希の腕を掴んだ。
「冗談でもやめろ。三十二歳も離れてるんだぞ」
「法律的には問題ないわ」
「倫理的に問題だ」
ヨシオの声は低く沈んだ。
「それに俺には権利がない」
柚希は手を振り解くと、「可哀想な人」と呟いた。
「自分を罰することで償いができると思ってる」
彼女の言葉はナイフのように鋭かった。
ヨシオの心の奥底を抉る真実。
「だから叔父さんは叔父さんのままでいて」
柚希は向きを変えた。
「でも今夜だけ……一人にしないで」
その背中は細く脆そうに見えた。
ヨシオは立ち上がり、「分かった」と答えた。
「寝室で待っていろ。すぐ行く」
柚希は何も言わず階段を上がって行った。
ヨシオは紅茶を飲み干し、重い足取りで後に続いた。




