歩道橋の記憶
「柚希……」
呟いた声は虚空に消えた。
冷たい鉄骨階段に崩れ落ちる身体。
薄れゆく意識の中で歩道橋の風が血の滲んだ肌を撫でる。
『ヨシオさん……?』
遠くで声がした。
少女の澄んだ声だ。
柚希なのか?
いや違う—もっと落ち着いた語調だ。
『ヨシオ叔父さん……大丈夫?』
握りしめられた右手の感触。
柔らかく温かい指が力強く絡みついてくる。
夢なのか現実なのかも判然としない中で一つだけ確かに分かることがあった。
冷気の中に一点の灯が灯った。柚希と同じ清涼感を含む芳香が鼻腔を満たす。しかし微妙に違う。もっと洗練された―そう香水の香りか?
「ヨシオさん……しっかりしてください」
囁く声は間違いなくあの少女のもの。
だが抑揚が変わっていた。
普段の辛辣さではなく……哀愁を帯びた優しさだ。
顔を寄せられる。
唇の熱を頬に感じる距離で何かの液体が流し込まれた。
「飲んで……」
舌先が触れたそれは蜂蜜のような粘度と微量の塩気を持つ液体だった。
点滴から吸収された輸液を煮詰めたような不思議な味。
喉を通るにつれて意識が冴えていく。
「うぅ……」
瞼を薄く開くと逆光の人影。
青味がかった黒髪と華奢な肩幅。
やはり柚希だ―
「柚希……?」
しかし声が届く前に少女は身を引き離れていった。
手際よく止血剤らしきものを脇腹に貼り付けると立ち上がる。
制服スカートの裾がひらりと宙を舞った。
紺色チェック柄。
見慣れないデザインだ。
少なくとも柚希の通う制服ではない。
「……大丈夫ですか?」
差し伸べられた手が光を遮る。
透き通るような白肌だが節々には細かな擦り傷が見て取れる。
ホームレス生活で負ったような小さな痕跡だ。




