消滅の序章
ヨシオは焦っていた。
まさかの退去命令とは。
明日の食事にも事欠く有様なのに、住居まで失うのか。
今後のことを考えると気が滅入り自暴自棄になったその時
期限の午前七時を迎え行政の強制執行が入る。
「そこまで抵抗するなら公務執行妨害になるぞ!」
中堅警官の恫喝が冷気を切り裂く。
ブルーシートが引き裂かれ廃品の山が蹴飛ばされる。他のホームレスたちが必死で抱きつくが機動隊員の膂力には敵わない。
(くそ……)
ヨシオは歯噛みした。
紗月との約束どころか明日の宿すらない。
怒りが沸騰するが無力感がそれを押し潰す。せめてもの抵抗でバリケードの残骸にしがみついた時—
ドカッ!!
金属製警棒が脇腹を捉えた衝撃。
肋骨が軋み内臓が揺さぶられる感覚。
視界が瞬時に暗転し地面に叩きつけられた。
唾液と少量の血が混じり合う。
呼吸困難で喘ぐヨシオを見下ろす警察官の冷笑。
廃材で作った防衛ラインは脆くも崩れ去っていた。
「怪我をすると言ったはずだが」
革靴の爪先が腹部を強く踏みつけた。窒息感と共に吐き気が込み上げる。群衆の視線が四方から突き刺さる中ヨシオはうめくしかなかった。
(ここまで落ちぶれたか……)
かつて工場で培った力も今や役に立たない。
路上生活者とは単なる社会のごみ扱いか。
自問自答している間に第二波が襲う。
横殴りの一撃が左肩に命中し鎖骨が砕ける音が脳髄に響いた。
「搬送班!」
警官の号令で担架が運ばれてくる。
朦朧とする意識の中でヨシオは悟った。
今晩の安寧も明日の約束も全て消えたのだと。
ブルーシート小屋という「城」を失ったことで―花音や柚希との因縁さえも無意味になった気がした。




