改札の向こう側
「170円です」
駅員の事務的な声がヨシオの耳朶を打つ。
ポケットから取り出した薄汚れた百円玉と十円硬貨。
両替の手間を省くために小銭入れを使わない習慣がここにきて仇となった。
(情けないな……)
改札を通る際の機械音が嘲笑に聞こえる。
行き交う人々の視線が突き刺さる中、プラットホームを目指した。
午前九時三十分。
通勤ラッシュのピークは過ぎていたがまだ人の流れは多い。
スーツ姿の男女がスマホを操作しながら早足で通り過ぎる。
若者はヘッドホンを耳に音楽に没頭している。
誰もヨシオという存在に気づいていないかのように振る舞っていた。
(当たり前か……)
ホームドアが開閉するたびに降車客が吐き出される。
彼らの多くが手に持った新聞や雑誌を迷わずダストボックスへ投入するのが日常風景だった。
その習慣こそがヨシオにとって生命線となっている皮肉。
「あった……」
初めの一冊を掴んだ時指先に残っていたカフェオレの温度が消えた。
週刊誌コーナーに積まれたスポーツ雑誌が五冊。
表面の折れや雨粒跡はあるものの比較的良好だ。
次の列車到着アナウンスに合わせて新たに五冊近く追加される。
この好機を逃すまいとヨシオは腰を屈めた。
乗降客の死角になる位置取りは経験則に基づく技術である。
「おい爺さん何してんだよ」
突如降ってきた罵声に顔を上げると大学生風の青年が二人、炭酸飲料を飲みながら立っていた。
「ホームレスの乞食か?」
相棒の悪ノリに吹き出す青年たち。
周囲の乗客数人が迷惑そうな表情をするが介入しない。
「すみません……」
謝る必要もないと思いながらも反射的に頭を下げてしまう。
屈辱感が腸を灼く。
だが今はそれよりも—
(この数冊が一日分の稼ぎだ)
食料と交換できる貴重な資産である。
青年たちの嘲笑よりも実利を選んだ瞬間ヨシオの手が素早く動いた。




