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場違いの話合い
「ゴホンッ……。」
静寂を破ったのはマスターの咳払いだった。
客たちの視線が一斉に集まる。
紗月が軽く頭を下げると男性スタッフが近づいてきた。
「申し訳ありませんが……」
柔らかな声ながら拒絶の意思は明白だった。
「当店は公共の場ですので適切なお話し合いをお願いいたします」
ヨシオが立ち上がるより早く紗月が財布を取り出した。
「わかりました。お代はこちらで」
颯爽と伝票を攫う動きには貴賓が漂う。
ウェイターが慌てて追いかける中、紗月の視線だけがヨシオに残された。
「明日の午前十時。公園西ゲートで待っています」
囁きが耳に届くかどうかの瀬戸際で彼女は姿を消した。
残されたのは冷めたカフェオレと未回答の下働き問題のみ。
(どうすればいいんだ……)
窓ガラスに映る己の姿—
汚れた衣服と無精髭。
それを見つめるうちに文庫本の一節が脳内で再生される。
『落ちるなら一緒に。それが本当の幸福かもしれません』




