ブルーシートの独白
川面の揺らぎがブルーシートハウスの壁をぼんやり照らす。
ヨシオは土と埃にまみれた寝床に仰向けになった。
古びたトタン屋根を通し月光が粉塵と共に降り注いでいる。
(またやってしまった……)
掌を見つめる。柚希のスカートを乱暴に捲った感触が掌紋に焼き付いているようだ。
華奢な腰の感触、甘い汗の匂い、そして何よりも抵抗する際に漏れた「あぅ……」という悲鳴が耳朶にこびりついて離れない。
「最低だ俺……」
呟いた声は湿気た小屋の隅に吸い込まれた。
工場で事故に遭った頃と同じ虚脱感が全身を麻痺させている。
当時は失業という現実逃避のために酒に溺れたが今回は違う。
他ならぬ血縁者に性的衝動をぶつけた罪悪感という泥沼だ。
腹が鳴る。胃袋が蠕動する音すら忌々しい。
今朝食べた林聖花からのパンはすでに消化され尽くし—次に食べるべきものが見当たらない。
川岸に捨てられた空き缶を探す体力すら湧かない有様だった。
(俺みたいな老いぼれが……何を期待していたんだろう)
三十歳以上も年の離れた姪への欲望。
倫理観だけでなく常識としても許されない禁断の領域に踏み込んだ自覚はある。
だが止められなかった。
あの甘い香りと柔らかな肢体が脳内を占領する度に股間が疼く。
「出て行け……馬鹿野郎!」
怒鳴る代わりに自分の額を殴る。
しかし痛みすら快楽中枢を刺激する材料になっている気がして恐ろしい。
かつて花音に抱いた獣欲が復活している事実に目眩がする。
(このまま野垂れ死にたい……)
本気でそう思うが奇妙な矛盾が伴う。
身体が生命維持機能を全力で稼働させていた。
水分を求め体内の細胞が悲鳴を上げている。
排泄物にまみれたズボンの不快感が生存本能を刺激する。
(水……とにかく水が必要だ)
ヨシオは震える膝を立てようと試みた。
砂利に足を取られて何度も転びそうになる。
体重五〇キログラムの小柄な身体は衰弱で鉛のように重い。
それでも水面を目指す本能だけは研ぎ澄まされていた。
ギシッ……
小屋の入口方向から聞こえた微かな音。
誰かが張り巡らせたロープを跨いだ気配だ。
普段ならば野良猫かホームレス仲間の訪問程度だが今のヨシオには過剰な恐怖となる。
(まさか……)
柚希が探しに来たのではないか?あるいは花音が復讐に来たのか?
最悪の想像が頭蓋骨を震撼させる。
ブルーシート越しに見る人影は小柄でスラリとしたシルエットだ。
どちらの少女とも当て嵌まる輪郭だった。
「誰だ!」
嗄れた声で威嚇すると影は一瞬縮こまり—そして去った。
その足取りの速さは柚希のものではない。つまり花音か……あるいは全く知らない第三者か。
(なんであんな奴に怯えてるんだ……)
ヨシオは自嘲しながらよろめく足取りで河原に出た。
冬枯れの葦原から流れてくる冷気が肺腑を刺す。
星明かりだけが頼りの暗闇の中でペットボトルを探す作業が始まった。
ゴミ袋を漁る指先が痛い。
割れたガラス片が掌を切り裂き血が滲む。
だが止まらない。
栄養失調により五感が麻痺しているからだ。
むしろ痛みを感じないと不安になる。
自分が生きている証拠が痛みしかない錯覚に囚われていた。
ようやく見つけた廃棄牛乳瓶を開けると饐えた匂いが鼻腔を殴る。
ヨシオは躊躇なく飲み干した。
本来であれば吐き気を催す異臭だが生存本能が拒否反応を凌駕する。
(あと一日……)
それが限界だろう。
ヨシオの体が正常に機能する猶予期間。
それを超えれば本格的な飢餓状態となり行動不能に陥る。
誰かを襲うリスクを冒すことなく静かに朽ち果てる絶好のタイミングでもある。
だが身体は無慈悲に動こうとしていた。
本能的に獲物を求め彷徨う獣のように。
街へ出るべきか?それともこの橋の下で野垂れ死ぬか?




