対峙の時
「私は違う!」
声を振り絞る。
「おじさんは……変わるべき人なんだよ!」
その言葉に花音の表情が一変する。
「変わるべき?」嘲笑が路地全体を覆った。
「彼が変わるわけないでしょう?劣等人種が向上する幻想ほど愚かなことはない」
「何言ってるの……」
呆然とする柚希を睨めつけ花音の声が氷点下まで落ちる。
「私はあの男を鎖に繋いで一生飼い慣らすつもりよ。野生動物を檻の中で愛玩するのは貴族の嗜みでしょう?」
「そんなの酷すぎる!」
怒りで頭が沸騰する。
「おじさんは人間なんだよ!」
だが花音は聞く耳を持たない。
「人間?ふん」
扇子で口元を隠した嘲笑。
「じゃああなたの言う“保護”とやらで彼が幸せになれるの?」
核心を突く一言に柚希の喉が干上がる。
「私は……」
保護という美しい言葉の裏にある傲慢さを暴かれて立ち尽くす。
「私はただ……」
「助けて欲しいだけ?」
花音の声が毒のように耳朶を舐める。
「その善意こそ最大の侮辱よ」
路地に吹き込む風が二人の髪を乱す。
花音の瞳には所有欲と支配欲が炎となって燃えていた。
一方柚希の目には純朴な愛情と義務感だけが揺れている。
ヨシオを取り巻く世界が如何に歪んでいるか想像もしていない表情だった。
「まあいいわ」
唐突に花音が踵を返す。
「いずれあの男は私の元に戻ってくる。それが自然の摂理というものよ」
黒いドレスが闇に溶けるように消えていく。残された柚希は呆然と立ち竦んでいた。
(私が間違ってるのかな……)
胸の奥で生まれた疑念が芽を出す。だが即座に否定する。
「違う……おじさんを守るのは私だけ」
その決意が花音の罠だと知る由もなく柚希は決然と歩き始めた。




