衝突の蜜
「ひどい……こんなの……」
トボトボと歩く柚希の足取りは鉛のように重い。
ヨシオとの一件が心に深手を負わせていた。
路地裏の電柱にもたれかかり荒い息を整える。
乱れた制服の襟元を直す手が微かに震えている。
「まあ……あなた」
冷ややかな声が響いた。
振り向けば黄金色の長い髪をツインテールに纏めた少女—花音が佇んでいる。
伯爵令嬢特有の優雅な佇まいは涙に濡れた少女とは対照的だ。
「あなたの叔父様……どこにいるの?」
花音が微笑みながら尋ねる。まるで玩具を失くした子供への質問のように気軽だった。
「教えない……」
柚希が俯いたまま答える。
路地の暗がりがその表情を覆い隠す。
「ふぅん」
花音の眉が微かに吊り上がった。
「あの汚らしい浮浪者が私の元から逃げ出してどれくらい経つと思う?」
「違う……おじさんは浮浪者なんかじゃない!」
思わず声を荒げる柚希。
花音の嘲笑に含まれる侮蔑が許せない。
「じゃあなぜ路上生活しているの?」
鋭い質問に言葉が詰まる。
それは柚希自身も疑問に思っていたことだ。
「それは……事情があって」
濁す回答に花音の冷笑が増す。
「哀れだわ」
突然の憐憫に柚希の背筋が凍る。「あなたの叔父様を愛する気持ちは理解できるけど—彼はただの獣よ?」
「そんなことない!」
叫んだ瞬間—ヨシオの掌の感触が蘇る。下半身が熱くなる屈辱を奥歯で噛み殺す。
「いいえ」花音が一歩近づく。
「私こそ彼を理解している。あの男の野蛮な本能も醜さも全てね」
漆黒のドレスが月光を浴び妖しく光る。
「でも—私はその全てを愛せるわ」
恍惚とした囁きが夜気を切り裂く。花音の瞳に浮かぶ狂気に柚希は戦慄した。




